若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

「……やめ、て。たす、けて……カナ……ト」
「マツリカ、マツリカ! もう、大丈夫だ、大丈夫だから……」

 先ほどまで感じていた男性のおぞましい体の重みと針の先のチクっとした痛みが消えていた。
 警察、という声が緊迫した空間に轟く。
 マイルは警官に身柄を取り押さえられていた。
 違法薬物所持がどうのこうのと罪状を並べられて、そのままマツリカの見えないところに連れていかれてしまった。

「あ、ぁ……」
「マツリカ、落ち着いて」

 さっきまで見ていたのは悪い夢? 義弟が自分にクスリを打って強引に己のモノにしようとしていたなんて。
 混乱するあたまをぶんぶん振りながら、マツリカは彼女を抱き起こしてくれたぬくもりに溺れる。そしてカナトの腕のなかにいることに気づき、ハッと意識を浮上させる。瞳をひらけばそこにはブラックダイヤモンドの煌めき。けれど愛しい彼の表情はどこか曇っていた。

「カナト……?」
「助けに来るのが遅くなってごめん」
「ううん。あたしの方こそ……よかった、注射器の中身が身体に入る前で」
「あれは?」
「あたしのなかからカナトの記憶を消すクスリだって」
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