若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 ベッドシーツに転がっている注射器のなかには得体のしれない液体が入ったままだ。
 マツリカの口から出た「記憶を消すクスリ」という非現実的な言葉にカナトは渋い顔になる。
 嘘かほんとうかはわからないが、国内で認可されていない違法薬物であることは事実のようだ。神経系に影響する物質がつかわれているのかもしれない。せいぜい一時的に意識を混濁させ記憶を捏造するとか、覚せい剤のような成分で快楽を増長させて強引に彼女を自分のモノとして縛りつけるとか、そういう意味合いで「マツリカのなかからカナトの記憶を消す」とマイルは口にしたのだろう。
 どっちにしろそういった薬物の解析は自分の仕事ではない。カナトは注射器を尾田にひょいと渡し、警察のところへ持っていくよう指示をする。
 さきほどまでの喧騒はあっという間になくなり、部屋にはカナトと下着姿のマツリカだけが残された。

「――俺の記憶、忘れてないよな」
「あたりまえじゃない! 待ってたんだから」
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