若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 どうやら、注射器のなかの薬液は彼女の体内への侵入を免れたようだ。すこしだけ針の先がふれたというが、肌に注射痕もできている様子もない。マツリカの腕を撫でながらホッとしたカナトの表情は、強張っていたそれからようやくもとの穏やかなものに戻る。

「カナトとの思い出、もう、忘れたりしない……たとえクスリを盛られても、ぜったい、忘れないんだから」

 マツリカは彼を安心させるようにぎゅっと抱きしめる。けれどもその手が震えていることにカナトは気づいている。義弟が罪を犯していたことのショックは計り知れないだろう。ましてや自分を性的な目で見てクスリをつかってモノにしようとしていたのだから。一歩遅ければ彼女がはだかに剥かれて貪られている現場に遭遇したことになるのだ。ゾッとしないわけがない。

「よかった……怖い目にあわせてごめん。こんなにもマイルが思い詰めていたなんて」

 いまのカナトは義弟に無理やり身体を奪われそうになっていたマツリカを甘やかして癒すことを第一に考えている。そっと顔を寄せれば、当然のように唇を突き出してくる。啄むような口づけを繰り返す。何度も、何度も。
< 281 / 298 >

この作品をシェア

pagetop