若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 ビジネスクラスの座席はエコノミーと比べて広々としているのが特徴的だが、今回の飛行機はパーソナルスペースがじゃっかん狭いようだ。フルフラットのリクライニングシートとオーディオサービスは充実しているようだが、かろうじて隣の席のひとにどいてもらう必要がないという程度のひろさしかなかった。国内線三時間の旅路を送るには問題ないが、念のためマツリカは隣席のビジネスマンに声をかける。
 流暢な英語に驚いたのか、男性は驚いてマツリカの方を向く。黒髪黒目のきれいな顔立ちの青年だった。

「……Sure」

 それだけ応えて男性はマツリカから逃げるように顔を背けて自分の作業に戻っていく。ラップトップパソコンをひらいているのか、カチカチカチと心地よい音が響く。
 マツリカも自分の席に座り、ミニテーブルをひろげてサコッシュのなかにいれておいたマップを取り出す。『羽衣 ―hagoromo―』の船内図だ。
 ニューヨーク周回クルーズに使用される客船も観光客向けにつくられているが、長期に渡る船旅を目的としていないため、規模が違いすぎる。
< 51 / 298 >

この作品をシェア

pagetop