若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 ハロウィンからクリスマス、ニューイヤーを過ごすという宣伝文句だが、南太平洋側は季節が夏にあたる。場合によっては水着も必要かもしれない。船上プールも稼働するだろうし、一度くらい泳いでみたい。

 ――南太平洋ってことは暑いだろうなあ。亜熱帯地域なんて常夏だもの。こっちはもう初雪だって観測してるのに。

 出発のランプが点灯し、飛行機がふわりと離陸する。重力の反発に身体を委ね、マツリカはリクライニングシートをゆっくりと倒す。
 転がりながら船内案内図をたたんで、今度はタイムテーブルを確認する。LAロングビーチ出港は明日の夕方だが、添乗員の集合時刻は朝の七時だ。飛行機を降りたらすぐに近隣のホテルで身体を休める必要があるだろう。夫婦で一足先にLAにいるミユキにも連絡を入れなくては心配されてしまう、それから、それから……

 あれこれ考えているうちにマツリカはすやすやと寝息を立てていた。ぱさり、と手にしていたタイムテーブルが床に落ちる。
 三時間のフライトのあいだ、ぐっすり眠ってしまった彼女はそのとき気づかなかった。
 隣の席に座っていた好青年が、かつてシンガポールで結婚の約束をした初恋の男性だったということに。
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