若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 漆黒の瞳を眠たそうにひらいて、彼は不安そうなマツリカを穏やかに見つめている。
 どこかで逢ったような気がする? だけどマツリカは思い出せない。

「……あの、どこかでお逢いしたこと――?」

 高校からアメリカを拠点に生活しているマツリカにとって、黒髪黒目の日本人の知り合いはそう多くない。物心がつくまで暮らしていたシンガポールの日本人学校か日本に戻ってから過ごした小中学校に、こんな感じの男の子がいたような気がするのだが、気のせいだっただろうか。
 マツリカの問いかけが聞こえなかったのか、彼は応じず、シャトルバスの停車とともに立ち上がる。

「ついたみたいですよ、ホテル」

 そのまま腕を引かれ、マツリカは言葉を噤ませる。
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