若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 きょとんとするマツリカに、男は「明日は朝早いんだろ、ここに泊まればいい」と当然のように告げる。素泊まりだけするつもりだった彼女は彼に一方的に部屋を変更され、困惑する。いや、そもそもなぜ彼は当たり前のように飛行機で逢ったばかりの女性のために部屋を取っているんだ? それもスイートルームなんて……

「困ります、そんな!」
「心配しないで、俺は別の部屋がある」
「……でも」
「それとも一緒の部屋に泊まる?」
「な……!?」

 絶句するマツリカをよそに、彼は二部屋分のルームキーをフロントで受け取り、ひとつを彼女に手渡す。

「もう夜も遅いんだし、いまから移動して別のホテルを探すのも大変だよ。おとなしく身体を休めなさい」

 悪戯っぽく微笑む彼に見つめられて、マツリカの頬が赤く染まる。
 腑に落ちない、けれどこの提案はありがたい。なんだか上司に命令されたときみたいだ。きっと彼はひとを上手に扱う立場の人間だ。
 あたまのなかでぐるぐると考えを巡らせる彼女を諭すように、彼は囁く。
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