若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 控え室のカレンダーはすでに十一月になっているが、ハゴロモから見るいまの海の姿は常夏の青さをたたえていた。
 これが仕事でなければマツリカも船から降りてハワイ観光に興じていただろう。

「ロサンジェルスからハワイまで船でも十日かからないんですね」
「幸い天候にも恵まれているからね。ハワイを抜けたら仏領ポリネシアに入るから、いよいよ南太平洋クルージングがはじまるわよ」

 ハゴロモ内部の案内図を事前に暗記していたマツリカだが、実際に乗客を案内するのは別のスタッフの仕事だ。基本的に担当する時間にレセプションのデスク前で立ったまま問い合わせに応じ、ほかに手が空いているスタッフに案件をまわす形になる。そのため、就航から一週間ちかくが経過するもののマツリカはいまだに船内を散策する暇もなく、スタッフルームとレセプションデスクの往復をしているだけなのであった。

 ――そういえばあのときの男のひともハゴロモに乗って東京に向かうって言ってたけど、ぜんぜん顔を見てない……
< 65 / 298 >

この作品をシェア

pagetop