若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 十五年前に起きた事故の真相について知る絶好の機会だと思っていたが、クルーズがはじまってすでに十日ちかく経過している。残り二ヶ月、なにもしないでいるわけにはいかない。

「だけどさすがに寄港地に到着したら、観光くらいするでしょうね」
「!」

 そうか、向こうから外に出てくる機会を狙えばいいのかとミユキの言葉でハッとしたマツリカは、慌てて濃紺の制服の胸ポケットから手帳を取りだし、スケジュールを確認する。

「ホノルルでの自由時間は約八時間。そのあいだ添乗員のシフトは?」
「運が良ければ昼休憩込みで三時間くらい自由になれるはずよ。どうしたの急にウキウキしだして」
「いえ、鳥海さまが観光を希望されるなら、補助する形でご同行できないかな、って」

 鳥海海運の頂点にいる海運王、鳥海正路はすでに齢八十近い高齢者だ。この航海に臨む際に総支配人をはじめ船長や陸上職のスタッフなどが神経を尖らせて準備していたのを見ていたマツリカは彼が観光のために船を降りる際に接触できないかと考えたのである。
 だが、ミユキのこたえは思いがけないものだった。
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