若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 相手が高齢の海運王からその息子になったのなら、好都合だ。向こうが客室にとじ込もって女性をとっかえひっかえしているというのなら、自分もそのなかに紛れ込んでしまえばいい。

 ――色仕掛けなんてしたこともないけど。

 若き海運王なんて呼ばれているみたいだけど、けっきょくのところ社長のボンボンだ。女遊びをしながら豪華客船でクルージングをしている怠惰な男にとって、マツリカのようなコンシェルジュはいい火遊びの相手になるだろう。
 問題は、マツリカが男性を誘惑する手段を知らないことだ。

「休憩中すまない。キザキ、いるか?」
「あ。はいっ!」

 考え事に没頭していたマツリカは自分を呼ぶ上司の声に、すくっと立ち上がる。
 スタッフルームに入ってきたブロンドの男性はマツリカと同じ海軍を彷彿させる濃紺の制服を着ている。BPWの多国籍なコンシェルジュたちを束ねるボスは珍しく焦った顔をしていた。

「人手が足りない、すまないが最上階のデスクに移ってくれ、soon!」

 すぐにだ、と英語で言って逃げるように姿を消した上司に疑問を抱くも、このままここにいてもらちが明かないと判断したマツリカは素早く仕事へ戻っていく。
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