若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
《3》
いっぽうその頃、最上階に位置するプレミアムスイートでひとり優雅に食事をしていたカナトは、外から聞こえてきた異国の言葉に思わず耳を傾けていた。乗客の多くは英語と日本語を駆使する層がほとんどだが、仕事の関係でそれ以外の言語をつかう人間もいる。最上階のレセプションデスクなど鳥海のグループ関係者しか使う人間がいないはずなのに、おかしい……なにか騒ぎでもあったのかとそうっと扉をひらいて声のする方をのぞけば、可愛らしい男の子と手をつなぎながら螺旋階段をくだっていくコンシェルジュの制服を着たマツリカの姿があった。
――心地よく感じたのは、彼女が喋っていたからか。
何をはなしていたのかカナトには理解できなかったが、彼女が熱心に仕事をしている姿を拝むことができたのは嬉しいことである。だが、自分以外の異性にゲストサービスとはいえ可憐な笑顔を振り撒く姿を目にするのは複雑な気持ちになる。
扉からどこか途方にくれた顔をのぞかせていたカナトに気づいたのか、「鳥海様、どうかなさいましたか」と別の添乗員に声をかけられ、彼は思わず口にしていた。
「彼女――マツリカ・キザキのタイムテーブルを知りたい」