若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
   * * *

「……と、いうわけでキザキ、今夜から部屋を移ってくれ」
「はいっ?」

 さらりと重大なことを命じられてきょとんとするマツリカに、餘江は苦笑する。

「さきほど最上階で迷子を保護した際に若き海運王が君に興味を抱いたらしい。プレミアムレセプションデスクのコンシェルジュを交代させろとのご命令だ」
「……興味、ですか?」
「詳しくは追って本人が説明されるだろう。ご不興を被らないよう誠心誠意お仕えするんだぞ」

 それだけ言って逃げるようにスタッフルームを出ていく餘江を見送り、マツリカはため息をつく。
 クルーズの最中にワガママを言ってくる客の対応なら何度か経験あるが、こうして自分を名指しで呼びだしてくることなどいままでになかったことだ。ふだんなら支配人や船長クラスの偉い人間が宥めすかしてことなきを得るが、今回は相手が悪すぎた。
 総支配人や船長よりも偉い、このハゴロモを買い取ったオーナーで次期鳥海海運の社長といわれて久しいうら若き海運王……VIP中のVIPなのだから。
< 79 / 298 >

この作品をシェア

pagetop