若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 暗くなりゆく海の深みに囚われた少女はパニックに陥って両手両足をばたつかせている。
 カナトが声をかけたところでもはや届いているとは思えない。監視員は何をしているのだろう、もう時間だからと仕事をとっとと終えて帰ってしまったのだろうか。苛立ちながらカナトは少女の腕をつかむ。

「うっ、ぐっ……!」
「しっかりして、このまま浜辺に連れていく……親御さんは?」

 カナトが英語で声をかけながら、浜辺まで運んでいく。海水を飲んだからか、苦しそうに咳き込んでいる。意識はあるのか「あっち」と砂浜を指さしていたので伊瀬に目配せをして探させる。ビーチハウスからすこしはなれた浜辺にたどり着いたカナトは少女に海水を吐かせて、背中をさする。ゴホッゴホッと何度か咳を繰り返し、やがて落ち着いたのか涙ぐみながらこちらを見つめる少女の姿に、思わず胸が高鳴る。
 涙の膜が張った青みがかった瞳はまるで深い海に眠る碧玉のようだ。生まれてはじめて見た美しい虹彩を前に、カナトはつい、日本語で感嘆の声をあげていた。

「……人魚?」
「りいかは、にんげんだよ?」

 ふて腐れた表情の少女を見て、カナトはハッと我に却る。
< 8 / 298 >

この作品をシェア

pagetop