若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
「鳥海叶途、カナトだ。海運王って呼び名は俺にはまだ早い」
「じゃあ、鳥海さま……?」
「まつりいか、カナトでいいと言っている」
「じ、じゃあ、カナトさま……」

 このまま映画に出てきそうな洗練された姿で、マツリカの幼い頃の呼び名を当然のように口にしているカナトは、自分の名前を呼ばせることに満足したのか「いまはそれで充分だよ」ととろけるような微笑みを浮かべて、彼女が蓋をしたキャリーバッグを持ち上げる。
 海運王直々にそのようなことさせられないと焦るマツリカに、カナトがゆるく首を振る。

「俺が運んだ方が早い。それに、逃げられるわけにはいかないからね」

 これは人質だよと楽しそうに口にしてマツリカを困惑させる。人質と呼べるほど大事なモノは入っていないが、彼は宝物を扱うようにキャリーバッグを運んでいく。丁寧な仕草とは裏腹に、彼の態度は強引で、どこかちぐはぐだ。

「キザキちゃん、行ってらっしゃい」
「――いってきます」
< 82 / 298 >

この作品をシェア

pagetop