若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 海洋商船高専を卒業後世界各国の船上で技術を磨いた後に陸上職に入り弱冠二十五歳にして鳥海海運のCEOに着任した鳥海の若き海運王と呼ばれているカナトは幼い頃のマツリカを知っているようだ。忘れっぽいマツリカはそのことをすっかり忘れているが、彼の言葉でふと我に却る。
 だとしたら、彼は実父が生きていた頃の自分を知っている……?

「カナトさま、それ……」
「十五年前、貴女はシンガポールにいただろう? ナガタニの娘として」

 有無を言わせぬ口調に、マツリカは黙り込む。
 十五年前――それは、実父の長谷游がケミカルタンカーの事故で亡くなった年だ。
 鳥海海運は当初、死者行方不明者数をゼロだと伝え、凄惨な事故を隠蔽したことでバッシングを受けた。ひとりの一等航海士が重油漏れを起こしたタンカーの被害を最小限にするため海に入りそのまま生命の灯火を消したことをなかったことにされかけたのだ。

 ――やっぱり、彼はあたしが長谷祭花であることを知っているんだ。

 ごくり、と息をのんで表情を硬くしたマツリカを見て、カナトは苦笑する。
< 86 / 298 >

この作品をシェア

pagetop