若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 たしかに事業を引き継いだ義弟は鳥海海運のように海外に通用するクルージング事業を手掛けたいと息まいており、海外で活躍しているマツリカをその一助にしようと考えているきらいはある。マツリカに直接そのはなしがまわってきたわけではないので彼の言動は無視しているが、彼ならやりかねない。

 ――そんな状況に陥ったら今度こそマイくんと結婚させられちゃう。あたしにとって彼は弟でしかないんだから。

 はぁ、とため息をつくマツリカに、カナトも何かを感じたのだろう、パン、と手を打って「わかった」と低い声で応える。

「とりあえずいまは貴女がキャッスルシーのスパイではなく、十五年前の冬に起きたケミカルタンカー事故の真相を知りたいためにBWPに就職したというはなしを信じよう。だが、疑いが晴れたわけではない」
「え。それじゃあどうすれば疑いを晴らせるんですか」

 ちゃんと理由をはなしたのに困ります、と焦るマツリカにカナトは告げる。

「父親の死の真相を知りたいんだろう?」
「はい」
「ならば俺と取引をしないか?」
「取引、ですか?」
「そう。貴女がスパイだと疑っている人間は俺の側近のなかにもいる。彼らを納得させるためにも――……俺の、恋人になれ」
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