若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 カナトと対峙したことで、彼の専属コンシェルジュとして残り約二ヶ月のクルーズをともに過ごすことは、父親の死の真相を知るための手段としては悪くないと考えるようになっていた。はじめのうちは自分を試すような言動でマツリカを翻弄させたが彼自身は彼女をライバル企業の社長令嬢であるにもかかわらずスパイではないと信じてくれたのだ。ただ、カナトの周囲にはマツリカをスパイだと疑う人間もいると言っていた。疑いを晴らすために提示された取引の条件、それが「恋人になる」こと。
 マツリカはクルーズの間だけ彼を慰める恋人役を勤めればいいのだと判断し、取引を受け入れた。

 ――そういえば、鳥海海運の若き海運王には心に決めた初恋の女性がいるってとある経済雑誌のインタビュー記事だかコラムで話題になって嘘か本当かわからないわねって先輩たちが騒いでたっけ。あたしはその記事読んでないけど。もしそうだとしたら、恋人のふりをしていればいいってことよね。
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