若き海運王は初恋の花を甘く切なく手折りたい
 カナトは両親に結婚を迫られており、周囲の人間も彼に見合う女性を探すのに躍起になっているのだという。だが、そのなかに彼が求めている運命の相手はいないようだ。いつしかカナトに言い寄る女性も後をたたなくなったため、彼の側近や護衛は対象外の女性を退けるのに無駄な労力を割いているのだとか。だから豪華客船内でコンシェルジュの金髪美女を侍らせていたのはあくまで女避けだったのだと言い訳のように説明する彼を冷めた目で見つめながら、マツリカはふん、と苦し紛れの弁解をする。

「恋人じゃなくて恋人役ですからね。あたしはあくまでクルーズのあいだの女性避けになることを受け入れただけ」
「……それでもいいよ。俺の傍にいてくれるなら」
「?」

 さきほどまでの強引さとはうってかわって、しんみりとした表情になったカナトが微笑う。

「今夜はもういいよ。使用人控え室でゆっくりして、明日からの任務に備えておくれ」
「……はい」

 これ以上言い争っても無駄だと諦めたのか、カナトは素直にマツリカをスイートルームの寝室の隣にある扉を開き、彼女をなかへ誘う。

「ハゴロモでのクルーズがはじまってはや十日だな」
< 97 / 298 >

この作品をシェア

pagetop