アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました

   ◇

 翌朝、私は荷物をまとめて寝室を出た。

 日本に帰ろう。

 最初の旅程ではあと三日滞在するはずだったけど、もうここにはいられない。

 玄関ホールには誰もいなかった。

 城館全体が静まりかえっている。

 タクシーを呼んでもらいたいのに困ってしまう。

 ジャンはもう仕事に出たんだろうか。

 クロードさんも一緒かな。

 最後に一言お礼を言いたかったな。

 私は廊下を歩いてレストランの方へ行ってみた。

 朝食を出してくれたおばさまがいるかもしれないと思ったからだ。

 でも、レストランは暗く、人の気配がなかった。

 トレーニングルームも器具が整然と並んでいて、使った様子がない。

 なんかおかしい。

「誰かいませんか」

 私は日本語で呼んでみた。

 返事がない。

 そんなはずはない。

 昨日まではメイドさんや庭師の人たちが大勢いたのに。

 今日は定休日?

 そんなのあるのかな。

「エクスキュゼモワ! 誰かいませんか!」

 すると、吹き抜けの玄関ホールの上の方から足音が聞こえてきた。

「マダム?」

 三階の踊り場にメイドさんが顔を出した。

 ミシェルさんの服を運んでくれた人だ。

「あの、誰もいないんですけど、どうしたんですか?」

 私は日本語で話しかけながら階段を上がっていった。

 メイドさんはフランス語で何か言っている。

「あの、すみませんが、タクシーを呼んでもらえませんか」

 私はスマホの翻訳画面を見せた。

「ウイウイ、メー」と、メイドさんが部屋へ私を手招きする。

 テレビを見ていたらしく、画面がついたままだった。

 思わず目が釘付けになる。

 そこに映っているのはジャンだった。

「なんでジャンが!?」

 テレビ画面の中でジャンがカメラマンの群れからフラッシュを浴びている。

「提携解消だそうです」と、メイドさんがぼそっとつぶやいた。

 スマホの画面に次々と表示される翻訳画面と見比べながら私はニュースの内容を追った。

『ボワイエ財閥がラファイエット・ホテルズ・アンド・リゾーツとの提携解消を発表』

 画面の中でジャンが報道陣の質問に答えている。

「現在、複数の新しい出資者と交渉中です。当面のホテルやレストランの運営に影響はありません」

 画面が切り替わってキャスターが原稿を読み上げる。

「株式市場にも動きがありました。ラファイエット・グループの株価は十パーセント以上下落。市場関係者はラファイエット・ショックの行方を見守っています」

 どういうこと?

 もしかして、私のせい?

 やっぱり全然大丈夫じゃなかったじゃないの。

 ジャンのうそつ……。

 言いかけて言葉を飲み込む。

「マダム、タクシー」

 メイドさんが私を呼んでいる。

「はい、今行きます」

 私は荷物を持って城館を飛び出した。

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