アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました

   ◇

 アランさんが私の荷物をフェラーリに入れてくれた。

 後ろを開けるのかと思ったら、前だった。

「エンジンが後ろだからな」

 スマホみたいに薄いボディだからラゲッジスペースも狭くて、そんなに大きくない荷物がギリギリ収まった。

 背中でエンジンが吠えてパリの街を走り出す。

 もう見ることもない景色に私はさよならを告げた。

 車は市街地から郊外へ向かう。

 鉄道の車両基地や工場が並ぶ地域に入る。

「ミレイユさんは今どこにいるんですか」

「さあな」

 え?

 フェラーリが急停車した。

 人通りのない倉庫の路地裏だ。

「ここにいるんですか?」

 アランさんがシートベルトを外す。

「いるわけないだろ」

 と、いきなり私にのしかかってきた。

 狭い車内で逃げ場がない。

 シートも倒されてしまった。

「な、何をするんですか」

「馬鹿な女だ」と、下卑た笑みを浮かべながらシャツをはだける。

 胸毛から野獣の匂いが立ち上る。

 ベルトのバックルに手をかけてカチャカチャと音を立てる。

「あんたなんにも分かってねえな。あんたに本物の男ってやつを教えてやるよ」

 彼の手が固く閉じた私の内ももに差し込まれ、押し開こうとする。

「やめてください」

「騒いだって無駄だ。誰もいねえよ」

 ――助けて、ジャン!

 ごめんなさい。

 私、あなたのことを信じてあげられなかった。

 あなたは私を愛してくれたのに。

「ふん、久しぶりだな、日本の女を味わうのは」

 ざらつく髭が私の頬をこする。

 獣のような体臭に押しつぶされて、固く目をつむる以外、私にできることはなかった。

 ジャン……、ごめんなさい。

 ――助けて……。

 ジャンと出会ったときからの出来事が頭の中に広がる。

 彼の笑顔、彼のぬくもり、ケンカしたことですら愛おしい。

 なのに、私……。

 後悔の念が膨らんで意識が遠のいていく。

 最後に思い浮かんだのは寂しそうなジャンの後ろ姿だった。

< 104 / 116 >

この作品をシェア

pagetop