アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
第2章 アラサーで初恋ですけど
 背中に手を回されたままジャンに城館へ招き入れられる。

 吹き抜けの広い玄関ホールの床は磨き上げられた大理石で、二階へ続く優美なカーブを描く階段の手摺りには、アールヌーボー風の流麗な蔓草文様がデザインされている。

 板張りの壁には燭台型の照明器具がいくつもならんでいて、天井からつり下がっているのはクリスタルが幾重にも重なるシャンデリア。

 正面の壁には昔の貴族の肖像画が飾られ、その周囲を飾る浮き彫りは一つ一つが金で縁取られている。

 そのうち、男女の肖像画が二枚、現代風で新しい。

 男の人は髪の薄い丸い頭で体のラインもどんぐりのように丸みを帯びている。

 失礼だけどコメディアンみたいに見える。

 女性の方はずいぶん若くて細身の体に顔のパーツもくっきりと女優さんのように描かれている。

「あれは僕の両親だよ」

 ずいぶん釣り合いの取れない夫婦だ。

 それが正直な感想だった。

 あらためて肖像画を見ると、ジャンはあまり父親には似ていないような気がする。

「そうなんですか。こちらに住んでいらっしゃるんですか」

「父は僕が幼い頃に亡くなっていてね。母はパリ市内に住んでいるんだ」

 ジャンは昔のことだからか父親のことはあまり気にしていないようで、母親の話をしてくれた。

「こういった古いお城は住んでみると不便なことも多くてね。母はあまり好きじゃないんだ。設備が古くて冬は寒いのに、文化財保護で改修には制限がある。おまけにまわりは田舎だから、買い物や娯楽もパリにはかなわないし、腕のいい医者もいないからね」

「そういうものなんですかね。私みたいな観光客は豪華さと歴史の重みに憧れますけどね」

「まあ、ユリは自分の家だと思ってくつろいでくれるとうれしいよ」

「ありがとうございます」

 ジャンが向かい合って私の右手を取ると、両手で挟んだ。

「ユリ、敬語はやめようよ。僕らは恋人同士なんだから」

「あー、すみません」

 ほんと、すみません。

 恋人役の演技が下手で。

 ジャンがさびしそうに首を振る。

「だから、そんなに丁寧でなくていいんだよ」

「まだ慣れなくて。こういう状況に」

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