アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 うじうじと戸惑っている私に、次の瞬間、信じられないことが起きた。

「君はお姫様なんだから」

 私はジャンに抱き上げられていた。

 そして、優雅なカーブを描く階段を、まるでゆりかごに乗せられているみたいに軽々と上がっていく。

 足下が大丈夫なのかなんてそんなことを気にしてしまう自分が情けないけど、ジャンはつねに微笑みを絶やさず、あっという間に私たちは二階から玄関ホールを見下ろしていた。

「お、重くないですか」

「お姫様はそんなことを気にしちゃいけないよ」と、私を抱きかかえたままバレエのように華麗なターンを決めてみせるけど、遠心力に飛ばされそうで思わず首に抱きついてしまう。

 もう、遊園地のアトラクションじゃないんだから。

 と、いきなり彼が私の唇をふさいだ。

 それは突然の出来事で、私は何が起きたのか分からなかった。

 彼の唇が私の唇に重なり、舌先が固く閉じた隙間をこじ開けようとしている。

 それは未知の体験だった。

 どうしたらいいのか分からず、私は目も唇もかたく閉じるしかなかった。

 私の唇を優しく愛してくれた彼の唇と舌の動きが止まる。

「ユリ」

 彼の声が聞こえて、目を開ける。

 私の反応に戸惑っているのか、目の隅にしわを寄せながら彼が見つめている。

「嫌だった?」

 彼が申し訳なさそうに私を下ろした。

 足が少しふらついて彼の腕にもたれながら私は首を振った。

「ごめんなさい。くすぐったくて。びっくりしちゃって」

「驚かせてごめん」

 ジャンは私を抱き寄せて背中を撫でながらわびる。

「いえ、そういうわけじゃなくて」

 私は彼の胸に抱かれたまま正直に打ち明けた。

「こういうこと、初めてなんです」

「僕もだよ」

 えっ?

「ジャン……、あなたが?」

 ――まさか。

「君のような素敵な女性に出会ったのは僕も初めてさ」

 ――ああ。

「そうじゃなくて。そういう意味じゃなくて」

 違うの。

 全然違うの。

 私は分かってもらえないことに絶望していた。

 二階の通路はガラス戸がならんでいて、テラスに出られるようになっているらしい。

 その暗いガラス戸に私たち二人の姿が映っている。

 抱き合う二人の姿は間違いなく恋人同士なのに、でもそれはかりそめの影。

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