アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「わあ、すごい」

 私は思わず声を上げていた。

 テラスから見える庭園は暗いけど、樹木に取り付けられた照明器具に明かりが灯っていて、それがまるで巨大なケーキに立てた蝋燭のように闇に浮かんで並んでいる。

 クロードさんが椅子を引いてくれて席に着くと、テーブルの上に置かれたランタンにも灯がともされた。

 二人だけの空間がスノードームのように闇から切り取られる。

 テーブルのそばには温風ヒーターも用意されている。

 夢の世界へいざなうように揺れる炎をはさんで、私はジャンと向かい合っていた。

 クロードさんに代わって別の男性がやってきた。

 どうやらソムリエさんらしい。

「アペリティフはどうしようか。さっきは少し酔っていたみたいだけど、大丈夫かな?」

「軽いものなら」

 本当は酔ってしまいたいけど。

 夢に溺れていたいけど。

「梅酒ソーダはどうかな」

「フランスでも梅酒を作ってるんですか?」

「日本のものだよ。梅酒は最高の食前酒だからレストランのお客さんにも好評なんだ」

 ジャンがフランス語で頼むと、テラスの隅に用意されたカウンターですぐに梅酒ソーダカクテルが用意された。

 お酒と一緒にオードブルが置かれる。

 クラッカーよりも小さなトーストしたパンに具材がのっている。

 ホタテとハーブのマリネ、プチトマトにサーモン、アボカドにエビの組み合わせだ。

「ユリ、乾杯の前に向こうを見て」と、ジャンが庭園を指す。「明かりが見えるだろ」

「ええ、なんだかデコレーションケーキみたい」

「あれを吹き消してみて」

 吹き消す?

 ……って言われても。

「誕生日みたいに蝋燭を吹き消すんだよ」

 なんだかよく分からないけど、私は深く息を吸い込んでふうっと蝋燭に見立てた樹木に向かって息を吹きかけるフリをした。

 と、その瞬間、明かりが消える。

 暗く沈んだ庭園が静まりかえったかと思うと、奥の方で火の玉が空へ向かって上昇しはじめた。

 それが扇形に広がっていって、天空で一斉に花開く。

 西洋式のクラッカーみたいな花火だ。

 色とりどりの火花がいくつもの星座を描くように夜空に散りばめられていく。

 そのどれもがはかない夢を描いて消えていく。

 少し遅れて弾けるような火薬音がテラスにこだました。

 それにしても、お金もかかってるんだろうな。

 お城にご招待してもらった上に、こんなことまでしてもらって申し訳ない。

 魅了されつつ、どうしても庶民の感覚からは抜け出せない。

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