アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました

   ◇

 私たちはテラスの縁で夜空を見上げた。

 いくらか星は見えるけど、お屋敷の照明もあるから、それほどすごい星空というわけでもなかった。

「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

「本来なら、予約していたホテルで楽しんでもらいたかったけれどもね」

「でも、ここも豪華じゃないですか」

「そう言ってもらえるとうれしいよ」

 手すりに置いた私の手に彼の手が重なる。

「どう? 少しは僕のことを理解してくれたかな」

「ごめなさい」と、私はうつむいてしまった。「やっぱり自信がなくて」

「それは、どういうこと?」

「今こうしていることが信じられなくて」

「現実だよ。僕は君を愛している」

「それはうれしいんですけど」

「じゃあ、どうして?」

「信じられないのは私の方。自分自身のこと」

 ジャンがうなずきながらため息をつく。

「愛される自信がないんです。愛されたことがないから。愛したこともないから」

「だけど、今までのことなんか今とは関係ないよ。僕たちの前にはこれからしかないんだから」

 それはそうだけど……。

「住む世界も違いすぎるし。私は日本で普通の暮らしをしている会社員ですから」

「僕だって朝はクロワッサンにコーヒーだけだよ」

 彼の一生懸命さが伝わってくる。

 自分を理解してもらいたいという気持ちがよく分かる。

 だけど、彼が前のめりになればなるほど、私はどんどん殻に引きこもりそうになる。

 目に涙がにじんできた。

 泣いちゃだめ。

 こらえて、私の涙。

 でも、手遅れだった。

 頬を涙が伝っていく。

 私は子供みたいに手の甲で涙をおさえた。

「ユリ、どうしたんだい?」

 彼が私を抱き寄せる。

 優しくしないで。

 お願いだから。

「私、日本に帰らなくちゃならないんですよ。そうしたら、この恋人ごっこだって終わりでしょう」

 本当はこんなこと言いたくなんかない。

 ジャンが私の頭に手をやって髪に指を絡めてかき撫でる。

「恋人ごっこじゃないよ。僕は真剣だよ」

「夢を見て、もてあそばれて捨てられて、あなたを嫌いになりたくないの」

「待ってくれ、ユリ」

 私の言葉をさえぎったきり、ジャンも黙り込んでしまった。

 彼も言葉を探しあぐねている。

 答えなんかどこにもない。

 見つかるはずもない。

 もう答えは出ているんだもの。

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