アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 抱き合ったままの私たちを夜の空気が包む。

 と、天空から星が降ってくるようにヴァイオリンの演奏が聞こえてきた。

 聞いたことのある曲だ。

 たしか元はチェロの演奏曲だったような……。

「サン=サーンスの『白鳥』だよ」

 ジャンが城館を見上げる。

 私たちがテラスに出てきた本館の屋根裏部屋の窓が開いている。

 そこにいるのはクロードさんだった。

 あまり音楽には詳しくないけど、細やかな情感まで表現された完璧なソロ演奏だ。

 もの悲しくも心穏やかな曲に私たちは聴き入っていた。

 言葉なんかじゃない。

 信じられる証は言葉なんかじゃない。

 だとしても、じゃあ何なのかと言われたら、分からない。

「ユリ」

 白鳥が頬を寄せ合うように、くちばしを絡め合うように、ジャンが私を求めていた。

 目を閉じる。

 重ね合わされた唇を彼の舌がくすぐる。

 私もそれに合わせる。

 お互いに刺激を与え合い、受け取り合う。

 くすぐったさに似た刺激が次第に安らぎへと変わっていく。

 これが……本当の……キス……なの?

 これが……答えなの?

 分からない。

 でも、それが答えかどうかなんてどうでもいい。

 私はジャンの背中に回した手に力を込めた。

 離したくない。

 離れたくない。

 こんな気持ちになったのは初めてだった。

 一人でいいと思っていた。

 ずっとそう思ってきた。

 だけど、彼に私を知ってほしい。

 私も彼を知りたい。

 こんな気持ちは初めて。

 私は彼を愛してしまったんだ。

 彼なら、ジャンだったら……。

 何の心配もいらないのかも。

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