アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
◇
私の左胸には皮膚がない。
先天性の皮膚欠損症で、赤黒く変質した筋肉が露出している。
その変質した部分が皮膚の代わりになっているので痛みや違和感はない。
ちょうどブラジャーで隠れてしまう部分だから、親以外の誰にも見られたことはないし、ふだんは自分でも忘れてしまっているくらい。
小さい頃に皮膚の移植手術を検討したこともあったけど、私の場合は技術的に難しい症例だったみたい。
もうあまり覚えていないけど、遠くの大学病院まで通うたびに申し訳なさそうにしていた親の顔だけは忘れられない。
誰の責任でもないし、私自身は気にしていなかったし、この左胸のせいで親を悲しませたくなかった。
学校の勉強を頑張っていたのも、内にこもりがちな性格でいじめられないためだけでなく、親の自慢の娘になりたいという気持ちがあったからなのかもしれない。
成長してからも、右胸に比べると左胸はひきつれたみたいに不格好で、正直、男性には見せられないと思っていた。
だから何人かの男性に交際を申し込まれたことはあったけど、みんな断っていた。
私のような『地味子』が断るなんて偉そうに見られることもあって、直後に態度が豹変する人もいた。
まあ、そんな人とはおつきあいしなくて良かったなとは思うけど。
みんながうらやましがるようなハイスペック男子からの交際を断ったときは友達だと思っていた女子からも敵視された。
べつに高慢とか高飛車とか、勘違いうぬぼれ女というわけでもないのに、『バカじゃないの。信じられない』とか、『あんたみたいなのにこんなチャンスもう二度とこないんだからね』とか、あらゆる悪口を浴びせられた。
今まで、この人だったら秘密を打ち明けてもいいと思えるような人には、男女問わず出会わなかった。
無意識だったけど、それは理科実験の試薬みたいなものだったのかもしれない。
自分の秘密を打ち明けて理解してもらいたいと思う相手とは、それはつまり、私自身がその人を信頼しているということ。
だけど、そんな人は学校にも職場にもいなかった。
それはある意味、私が他人を信頼したことがないということの裏返し。
だから、私には本当の自分をさらけ出せるような親友もいなかったということなんだろう。
さびしいと思ったことはない。
強がりなんかじゃない。
それが当たり前なんだとずっと思っていたから。
そうじゃない世界があるって知らなかったから。
――ううん。
少し違うのかも。
まわりの女の子達が仲良くしている姿や、素敵なカレシと連れだって楽しそうにしている様子を見て、そういう世界があるってことは分かっていた。
でも、それはみんなには手の届く現実の世界のことでも、私にとっては切り離された別世界、たとえば二次元の漫画や映画の世界のことのように思えただけ。
だから女子の友達も同級生や同僚という立場以上には踏み込めなかったし、男性とは接する機会すら持とうとはしなかった。
二人だけで会うこともなかったし、手をつないだこともない。
拒んでいた自分が悪いのかもしれない。
知ってほしい、本当の自分を見せて受け入れてほしい。
そういう男性は私の前には現れなかった。
――本当は待っていた。
いつかそういう時が来ると。
ずっと信じてた。
私から飛び込んでいきたくなる男性が現れると。
でも、それがかなったとき、私はすべてを失ってしまう。
それも分かっていた。
『地味子』、『モブ子』として背景に溶け込んでいれば傷つかない。
なのに、どうして出会ってしまったんだろう。
――ジャン……。
彼が私を求めている。
私も彼を求めている。
それは幸せのはずなのに。
なのに、私の目から流れる涙はどうしても止まらなかった。