アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
第1章 運命の出会い
『地味子』とか、『モブ子』という言葉は便利だと思う。

 そのまんま私だもの。

 その言葉がいつ頃からあったのかは分からないけど、もっと早く知っていればよかったと思う。

 言葉があると説明がいらなくなる。

 大学生とか団体職員とか、自分を表す言葉が一言で済むから楽でしょ。

 ただ、職業なら簡単だけど、性格とか、『あなたってどんな人?』と聞かれると困ってしまう。

『白沢百合です。よろしくお願いします』

 積極的に自己アピールできる性格ではないから、学生時代の自己紹介はこれだけで済ませていた。

 といっても、他人を拒絶したいわけでもない。

 面倒にならない程度に、少しくらいは自分のことを分かってもらいたいという気持ちはある。

 ――あまり人と関わることが得意ではないので、一人でもかまわない性格です。

 ――みんなと同じノリについていけなくてもべつに寂しくなんかないですよ。

 ――排除されるのでなければ、放置でいいんです。

 ――自分一人で充実してるので気をつかわないでください。

 だけど、そういうことを一言で説明できないもどかしさをなんとかしたかった。

 学生時代は空気に徹していたのがうまくいったのか、いじめられることはなかったし、就職先も昭和から時が止まったような文化振興の外郭団体にもぐりこむことができたのは幸運だったと思う。

 かといって、主役になりたい人たちのことを嫌っているわけじゃない。

 むしろ尊敬しているくらい。

 間違ってそういう場面に引き出されてしまったときの居心地の悪さは学生時代に嫌というほど経験させられてきた。

 どんな役割でも活躍できる人は本当にすごいと思う。

 自分にはできないって分かってる。

 だから、そんな自分を表現するのにぴったりの言葉があることを知ったとき、ものすごく楽になれた気がした。

 なんだか自分が、背景に溶け込んだその他大勢の一人としてそこにいてもいいのかなって。

『地味子』、『モブ子』という名札をつけていれば何も悩まなくていい今の生活はとてもありがたい。

 もうアラサーというかずばり三十になってしまったけど、それでも、知らなかった頃よりもずっとましだから。


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