アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 テラスのテーブルにはパンと果物のかご、お皿にはスクランブルエッグとスライスしたサラミのようなソーセージ、それと軽く焼いたハムがのっていた。

「さ、なんでも好きなものを召し上がれ」

「いただきます」

 食べ始めたところで、年配のウエイトレスさんがやってきた。

 白鳥の首のように注ぎ口の長いポットを両手に持っている。

「マダーム、カフェ・ウ・カフェオレ?」

「カフェオレ・シルブプレ」

「ウィ」

 右手のポットからコーヒー、左手からミルクを同時にカップに注ぎ始め、一息にポットを高い位置に引き上げる。

 かき混ぜなくてもコーヒーとミルクが空気の泡と一体化してまろやかな味に仕上がる。

 一口飲んだだけで、今日もいいことありそう、なんて気がする。

「ありがとう。おいしいです」

 日本語だけど通じたらしい。

「メルシ・マダム」と、おばさまもうれしそうだ。

 ジャンも同じカフェオレを頼んで、フランス語で和やかに会話を楽しんでいる。

 テラスの手すりに雀くらいの小鳥がとまる。

 鮮やかなオレンジ色のお腹をゆすりながら、首をせわしなく左右に振ってかわいらしい。

 まるで会話に加わってるみたい。

 早朝の森から飛び立ったのもこの小鳥の群だったのかな。

 パンくずを狙ってるのかも。

 ジャンと楽しそうに会話を交わしていたウエイトレスのおばさまが去っていく。

「あの方はクロードさんの奥さんですか?」

「いや、違うよ。レストランで働いているパートの人だよ。ここの近所に住んでるんだ」

「そうなんですか。なんだか品が良くて穏やかで、歳もクロードさんに近いみたいだったから」

「クロードは独身だよ。僕の生まれる前からずっとこの城館で働いてくれているんだ」

「そうなんですか」

「僕の母の家にクロードの父親も仕えていて、クロード自身も母が子供のころから世話をしてくれていたらしいよ。家庭教師もやってたとか聞いたことがある」

「かっこいいおじさまですよね」

「そう?」と、ジャンがちょっといたずらっ子のような笑みを浮かべる。「そんなことを言うと、妬いちゃうよ。クビにしちゃおうかな」

 と、手すりにいた小鳥がひょいとテーブルの上に飛び移ってきたかと思うと、パンくずをくわえて去っていった。

「おっと、鳥には冗談が通じなかったか」と、ジャンが笑う。「まあ、実際、クロードみたいに有能な執事はいないからね。僕も子供の頃は家庭教師をしてもらってたし」

「へえ、そうなんですか」

「僕は父が早く亡くなったって話しただろ」

 玄関ホールの肖像画の人だ。

 あんまり雰囲気が似てないお父さんだったっけ。

「それで、クロードに世話になっていたから、ほとんど父親の代わりみたいな感じだったんだ。今でも頭が上がらないよ」

 そういう話をするときのジャンは穏やかな目をしている。

 青い瞳が柔和な光を放っているようでこっちまでほっこりした気分になる。

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