アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 カフェオレを飲み終えたジャンが立ち上がる。

「食後の散歩はどうかな? 運河のまわりを歩くくらいなら鳥たちの邪魔にはならないだろ」

「今日は予定はないの? お仕事は?」

「さっきクロードに連絡を頼んだから、もう少ししたら市長が来ることになってる」

「じゃあ、お仕事しなくちゃ」

「仕事じゃないんだ。どちらにしろ市長が来るまでは暇だよ」

 経営者って忙しいんじゃないの?

 それなのにジャンはお構いなしにテラスから庭園へ下りていく。

 靴を履き替えなくちゃなんて一瞬思ったけど、日本じゃないものね。

 ずっと靴を履いてる生活だと、外も中も関係ないけど、やっぱり慣れないな。

「ほら、おいでよ」

「待って、今行く」

 私もジャンを追いかけて運河のそばへ行ってみた。

 さっきの白鳥は私たちが近づいても逃げるというわけでもなく、静かに向きを変えただけで同じ場所を漂っている。

 頭をくっつけあって仲睦まじそう。

 近くで見てもやっぱり運河の大きさに圧倒されてしまう。

 かすんでしまうほど遙か先までまっすぐに伸びていて、その周囲を樹木が整然と並んで、空の青と若葉のコントラストが鮮やか。

 波一つなくそれを映し出す水面は磨き上げられた鏡のよう。

「絵画みたいね」

「実際、ここの風景を描いた作品がルーブルにあるんだよ」

 ジャンが白鳥を追い越して歩いていく。

「あんまり遠くまで行くと戻るのに時間がかかるんじゃないの?」

「もう少し行ったところに噴水があるんだ。そこまで行こう」

 そう言って背中を向けたジャンの腕に駆け寄って私は腕を絡めた。

 自分からそんなことをするようになるなんて、本当に昨日までは想像もしていなかった。

 でも今はそうしていたいし、そうしていなくちゃいられない気分。

 離れたくないし、離したくない。

「そうだ」

 急にジャンが立ち止まった。

 ――何かあるの?

 腕を絡めたまま向き合う。

 私の顎を彼の親指が押し上げる。

「さっきクロードに邪魔されたままだったね」

 彼の唇が私の口を塞ぐ。

 青空の下でするキスも嫌いじゃない。

 目を閉じているから空の青さは分からないけど。

< 45 / 116 >

この作品をシェア

pagetop