アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「ジャン……、あの、私……」

「いいんだ。何も言わなくていいよ。悪いのは僕なんだ。お願いだ。少しの間だけでいい。こうして君を抱きしめさせてくれ」

 と、私を抱きしめるジャンの体が震えていることに気づいた。

「ねえ、寒いんじゃないの?」

 五月とはいえ、濡れた服では風邪をひいてしまう。

 私も水がしみてきてるし。

 心だけじゃなくて体も冷えてきた。

「先に着替えましょうよ」

「そうだね」

 私たちは二人並んでテラスの階段を上った。

「ねえ、ジャン」

「なんだい?」

「私ね、あなたを嫌いになるのが怖かったの。嫌いになりたくなかったの。あなたを責めたかったわけじゃないの」

「ユリ……」

「私、あなたに愛されてるのがうれしいの。だから、あなたの愛情に応えたいとも思うけど、あなたのことを尊敬していたいし、素敵なあなたでいてほしいの」

 右の眉を上げながらジャンが肩をすくめる。

「僕は君の王子様にふさわしいかな」

 私は彼の手をとって引き寄せながら答えた。

「もちろん」

 私の方から彼に口づける。

 彼は驚いたようだったけど、私の髪に指を絡めながら優しく応えてくれた。

 これで……いいのかな。

 仲直りの仕方。

「マダム・ムッシュー」

 キスの最中にまたフランス語で呼ばれた。

 もう聞き慣れた声だ。

 クロードさんが玄関ホールに入る裏のガラス戸を開けて待っている。

「ああ、クロード、着替えを頼むよ」

 ジャンがフランス語で会話を続けていた。

 私は自分の部屋へ先に行って着替えをすることにした。

 泥臭くなった服を脱いで、もう一度軽くシャワーを浴びてメイクも直す。

 トランクに入れてきた服は、飛行機の中で着てたものも含めてカジュアルが三着、それと、いちおうドレスコードに対応できるフォーマルなワンピースだけ。

 残りはカットソーにキュロットしかない。

 荷物を少なくするために旅行中はいつも洗濯して着回してたけど、まさか汚れて服が足りなくなるとは思わなかったな。

 本当は昨日の夜に下着くらいは洗っておくつもりだったけど、『初めて』のイベントでそれどころじゃなかったものね。

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