アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 とりあえず着替えたところで、ドアがノックされた。

「エクスキュゼモワ・マダム」

 クロードさんだ。

 フランス語で何か言ってるけど、全然分からない。

「あ、あの……」

 すると、クロードさんは手に持っていたスマホの画面を私に見せた。

『あなたは必要です。洗濯物を渡す』

 翻訳アプリだ。

「あー、そういことですか。便利ですね」

 すると、今度はクロードさんがスマホの画面を見てうなずく。

「シ・マダム」

 私はクロードさんから渡された袋を持って洗面所へ行き、服を詰めて戻った。

「下着は入ってますか?」と、クロードさんがスマホを介してたずねる。

「自分で洗おうと思います」と、私もクロードさんのスマホに向かって答えた。

「遠慮なさらずに、お出しください。業者に出しますので、夜までには戻ります」

 よけい遠慮したくなるけど、実際、下着も替えがなくなるから迷っててもしょうがない。

 すぐに下着も袋に入れて戻ってきたら、クロードさんがまたスマホの画面を私に向けた。

「あなたはジャンとケンカをしましたか」

 すぐに返事ができなかったけど、かえってそれで察してくれたみたい。

「彼を許してください。彼は真剣です。男の本気は愚か者を先走らせる。ただし、恋をしている男はつねに愚か者である」

 思わず笑ってしまった。

 翻訳アプリのぎこちない文章が重たい格言みたい。

「大丈夫ですよ。私もジャンを愛してますから。ただ、仲直りが下手なだけです」

「見つめ合う相手を思うがゆえにすれ違う。また並んで歩こうとすれば、二人の絆は深まる。あなたたちは仲直りできます」

「全部お見通しなんですね」

「恋の二歩先は見通せる。一歩先にはつねに落とし穴が待ち受けているのだが」

「失敗するのがあたりまえってことですか?」

「あなたの恋の主人公はあなたですよ。あなたが決めれば良いのです」

「私にもうまくできますか。私、恋したことないんです。こんな気持ちになったの初めてなんです」

「知らないことは何でもいきなりの出来事に感じる」

 あれ、このセリフ……。

 どこかで聞いたような気がする。

「それが不安の元だと分かっていれば、大丈夫です。恋は誰にでもできる。いつだって恋は自作自演ですから。一人芝居で始まって勝手に幕が下りる」

 いえ、あの、幕が下りたら困るんですけど。

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