アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 彼に優しく手を引かれて体を起こす。

 と、不意打ちで唇を奪われた。

 えっ?

 全然予想もしてなかったから口も半開きだったかも。

「もう、恥ずかしいってば」

 思いっきり猫パンチで撃退してやる。

 受け止める彼は澄まし顔。

「言っただろ。我慢できないって。かわいいからいけないんだよ、ユリが」

 んん……、もう。

 ああ言えばこう言う。

「すねた顔もかわいいよ」

「じゃあ、もう、見せない」と、私は背を向けた。

「じゃあ、そのままさらっていくしかないか」と、私の肩に手を回して後ろ向きに引きずっていこうとする。

「ちょっと、危ないじゃない」

「わがままなお姫様だ」

 彼はそうため息をつきながら私の膝裏に手を入れて軽々と抱き上げた。

「これでいいですか? 姫様。行きますよ」

 私が返事をする前にもう彼は部屋を出ていた。

 首に手を回してしがみつく。

 私だけのゆりかご。

 なんて浮かれていたら、あっという間に階段から廊下を通って、城館の一室に連れてこられた。

 応接間のような調度品が並ぶ小部屋だ。

「アー、ボンジュー・マダム。コマタレヴ」

 ソファに腰掛けていた赤ら顔で丸い頭のおじさんが私たちを見て立ち上がる。

 お腹が出ていて、それを支えるために背中を反らせているからかナポレオンみたいに見えるけど、市長さんと聞いてなかったらどこかの酔っ払いと間違えちゃいそう。

 恥ずかしいところを見られちゃったっていうか、ジャンも抱っこしたまま部屋の中まで入ることないじゃない。

 ジャンのお姫様抱っこから飛び降りて私も挨拶した。

「あ、ええと……。ボンジュー・ムシュー。ジュマペール・シラサワユリ。オンションテ」

 私がカタカナ読みのフランス語で自己紹介したせいか、おじさんもフランス語で話し始めた。

 ジャンがいちいち通訳してくれそうだったけど、私はクロードさんのようにスマホの翻訳アプリを起動させた。

「私は市長のポール・デュトワです。日本のお客様は大歓迎です。このあたりは日本人観光客は少ないので交流を深めたいです」

 市長さんと握手を交わす。

 大きくて柔らかいけど、汗ばんだ手だった。

 テーブルをはさんで向かい側に市長さんが座り、私たちは並んでこちら側に腰掛ける。

 木製のローテーブルは猫足のアンティークで、磨き上げられた表面がまるで琥珀みたい。

 カメリア柄の刺繍が全面に施された布張りソファは座るのがもったいないくらいの華やかさ。

 私だけ一人場違いな感じがして落ち着かない。

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