アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「では、さっそく手続きに入りましょうか」

 市長さんがテーブルの上に書類を三枚取り出す。

 フランス語だから何が書いてあるのかさっぱり分からないけど、三枚とも同じ文面みたい。

「では、こちらにご署名を」

 市長さんが一枚目を私に差し出す。

 ジャンがスーツの内ポケットから万年筆を取り出して私に貸してくれた。

 これは何の書類なの?

 私が戸惑っていると、市長さんが澄まし顔で言った。

「漢字で結構ですよ」

 署名の仕方じゃなくて内容なんだけど。

 とりあえず、私は漢字で『白沢百合』と書いた。

 市長さんが二枚目を私に差し出し、一枚目の私の署名の横に自身の署名も書き入れている。

「漢字は素晴らしいですな。いつ見ても美しい。あなたのお名前も聖母マリアの純潔の象徴ですな」

 スマホの画面に表示されるフランス男性のお世辞にのせられながら、私は二枚目にも同じ場所に署名した。

 三枚目も同様に書き終えてジャンに万年筆を返す。

「ねえ、この書類は何?」

 彼は何でもないことのように言った。

「結婚の宣誓書だよ」

 はあ?

 え?

 ケ、ケッコン!?

「ちょ、え、どういうこと?」

「結婚するんだよ、僕らは」

 ちょっと待って!

「私、聞いてないんですけど」

「お、痴話げんかですか。結婚は人類が生み出した戦争よりもむごい悲劇である」

 つぶやきながら市長さんが三枚目の書類に署名を終えてジャンに三枚そろえて紙を渡した。

 ジャンが万年筆のキャップをはずす。

 私は手でそれを制した。

「ねえ、ちょっと待って」

「結婚は愛の出口、不幸の入口」

 スマホに市長さんの格言が次々と表示される。

 今はそういうのどうでもいいですから。

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