アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「ユリ」

 振り向くと、笑みを浮かべながらジャンが両手を広げている。

 なによ、飛び込んでこいって言うの?

 心配しないで僕に飛び込んでおいでよって?

 できるわけないでしょ。

 こんな書類、ただの紙切れよ!

 破いてやる!

 ビリビリのバラバラにしてゴミ箱にポイするんだから。

 と、ジャンの方から私の手を取って抱き寄せる。

 私は倒れかかるように彼の胸に飛び込んでいた。

「これが僕らの愛の形なのさ」

 納得なんかしてない。

「こんなのおかしい。ありえないでしょ」

「そのありえない奇跡を僕らが起こしたんだ」

 いや、あの、あなたが勝手にやったことでしょ。

「嫌かい?」

 ジャンが私の顎に手をかける。

「出会って二日で結婚。五秒で離婚。それが僕らの愛の形?」

 私は目を泳がせて彼の青い瞳から逃げるのが精一杯だった。

「では、あらためて誓いのキスを」

「神父さんは? 誰もいないじゃない」

「恋はいつだって自作自演さ」

 あれ、そのセリフ……。

 口を開きかけた私の唇をジャンが塞ぎ、隙間に舌が入ってくる。

 ずるいな。

 おぼれちゃう。

 やっぱり私、あなたが好き。

 それが答えのすべて。

 チョロい妻ですけど、愛してくれますか?

 結婚を誓い合った二人きりの部屋でどれだけ愛を絡め合っていたか分からない。

 息が苦しくなってお互いに離れる。

 思わず笑みがこぼれる。

「僕の妻になってくれるね」

「はい」

 人生何が起こるか分からない。

 三十年生きてきたけど、今日がこんな日になるなんて、思ってもみなかった。

 明日もまた幸せな今日の続き。

 私はそれを信じて疑わなかった。

 ――疑いたくはなかった。

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