アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 市街地に近づくにつれて渋滞してくると、会話がなくなる。

 パリの建物は同じような外観だから、どこを走っているのかさっぱり分からない。

 ときどき、サクレクール寺院とかモンパルナスタワーとか、特徴のある建物が屋根の間にチラリと見え隠れするけど、現在地の手がかりにはならない。

 そもそも観光で二回来たことがあるだけで、そんなにパリに詳しいわけじゃない。

 中心部に入る頃には私も少しうとうとしかけていた。

 気がつくとセーヌ川沿いの道を車が進んでいる。

 観光客を乗せた船を追い越し、中州のシテ島先端にあるポンヌフのたもとを通り過ぎると、対岸に見慣れた建物が見えてきた。

 ルーブル美術館だ。

 その先は観覧車のあるチュイルリー庭園で、モネの睡蓮が有名なオランジュリー美術館には無料で入ったっけ。

 車は左岸のオルセー美術館脇を通り過ぎる。

 私、ここ来たことあるななんて思ってたら、減速して静かに路肩に停車した。

「さ、着いたよ」

 ジャンがなんでもないことのようにシートベルトを外す。

 ここって……。

 嘘でしょ!?

 日本だと皇居前みたいな場所なんですけど。

 アパルトマンではなくホテルなのか、濃緑地に深紅の襟が目立つ制服を着た若いドアマンがやってきて車のドアを開けてくれる。

 軍人さんみたいにいかつい男性だけど、物腰は柔らかい。

「ボンジュ、ムッシュ・ラファイエット」

「メルシ、サヴァ」

 顔なじみなのか、一言二言なごやかに会話を交わしてる。

 ジャンに続いて降りると、ドアを押さえながら私にも挨拶してくれた。

「ボンジュ、マダム・ラファイエット」

 一瞬誰のことか分からなかったけど、私のことだった。

 そっか、私、『ユリ・シラサワ・ラファイエット』になったのか。

 日本で『ラファイエット百合』なんて名乗ったらハーフモデルさんかと期待されそうだけど、こんな地味子じゃがっかりされちゃうだろうな。

 またネガティブなことばかり思い浮かんでくる。

 だめだめ、しっかりしなきゃ。

「メルシ」と、ちょっと背筋を伸ばしてお礼を言ったら、四角い顔に微笑みを浮かべながら丁寧に会釈してくれた。

 気取りすぎてもやっぱり恥ずかしいな。

 どう振る舞ったらいいのかまるで分からない。

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