アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 私たちを残してロングベンツはそのまま大通りを進んでどこかへ去っていった。

 歩きながらジャンがささやく。

「彼に『僕の妻だよ』と、紹介したんだ」

「『マダム・ラファイエット』って誰のことかと思っちゃった」

「そのうち慣れるよ」と、ジャンが吹き出して笑う。

 だといいんだけど。

「クロードさんは来ないの?」

「駐車場に車を止めに行ってるよ。ちょっと離れててね。パリ中心部は車だと規制も複雑で不便なんだ」

 私たちが玄関に歩み寄ると、待ち構えていたもう一人のドアマンがアールデコ装飾のガラス戸を引き開けて中へ招き入れてくれた。

「ビヤンヴニュ・マダム・ムッシュー」

「メルシ」

 玄関を入って右手にエレベーターホールがある。

 矢印式の階数表示が古風だ。

 呼び出しボタンを押すと、派手にモーターと歯車の動作音が聞こえてエレベーターが下りてくる。

 私たちの他にはお客さんもスタッフさんもいない。

「ここはホテルなの?」

「アパルトマンの一部が会員制ホテルとしても使われているだけだよ。ホテルスタッフが住人の世話もしてくれる。一般の観光客向けじゃないから、いつもこんな感じで静かなんだよ」

 パリの一等地に住んでるんだから、みんなお金持ちなんだろうな。

 ただ、建物も機械も古いのか、気がつくとさっきからずっとうなり声を上げているのにエレベーターがまだ来ない。

「水回りは最新の物に交換してあるんだけど、こういうところは昔のままでね。中もすごいんだ」

 ようやく到着したエレベーターはドアが蛇腹式で、手動で開けて、乗ったら自分で閉める形式だった。

 古い映画で見たことがあるやつだ。

 っていうか、これ、百年くらい前から使ってるんじゃないの?

 大丈夫なのかな。

 落ちないだろうけど、途中で止まったりしないよね。

 ジャンがボタンを親指で力一杯押す。

 バッチンと最近はあまり聞かない音がする。

 へこんでいるのは五階だった。

「このボタン、けっこう力が必要でね。ちゃんと押さないと戻ってきちゃうんだ。クラシックだろ」

 笑い事じゃないんですけど。

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