アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
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私たちはセーヌ川に係留されたボートカフェに入った。
遊覧船と違って団体客がいないからか、意外と空いていて、エッフェル塔の見える窓際の席に座ることができた。
ジャンはペリエ、私はカフェオレを頼んだ。
レモンの入ったグラスに炭酸水を注ぎながらジャンは家族の話をしてくれた。
「母のアレクサンドラは貴族の末裔だけど、現代ではもちろんそんな称号はただの飾りで、特権なんかないし何の得にもならないんだ。無駄に城や土地を持ってるから莫大な税金や管理維持費がかかって、母の父、つまり僕の祖父の代にはすでに財産のほとんどを切り売りしていたんだよ。バブルの頃、日本企業に城を売ったこともあったらしいよ」
昭和と平成の境目頃、私が生まれるちょっと前の時代だ。
「父の方は新興石油化学会社の跡継ぎでね。日本でいう成金の息子だったんだ。母が十八の時に家の資金繰りが切迫してきて、父方の会社が借金の肩代わりをすることで急に結婚が決まったんだそうだよ。父は三十だったって聞いたな。父の方は母の持つ貴族の称号という新興成金にはない名誉、母の方は父の一族の財産が目当てで、双方の利益が一致した政略結婚ってやつだね。もちろん、そこに愛なんかなかった。だから、夫婦仲は最初から冷え切ってたね。僕は両親が触れ合っている姿を見たことがなかった」
ジャンはグラスに口をつけて窓の外を通り過ぎる遊覧船に目をやった。
「あれは同時多発テロの数年後だったね。父の乗った車が爆弾テロに巻き込まれて亡くなったんだ。当時、父の会社が紛争地域の石油プラント建設に関わっていたのが原因だと言われたけど、実際のところは分からない。過激派組織が実行犯だったのは事実らしいけどね」
「だから、ジャンの車は防弾仕様なの?」
そういうことさ、と彼はもう一口炭酸水を飲んだ。
「ただそのとき、問題が起きたんだ」
「お父さんが亡くなったことだけじゃなくて?」
「それもそうだけど、事件発生当時の母の居場所が分からなかったんだ」
「それって、お母様が疑われるかもしれなかったってこと?」
「関係者は基本的に全員調べられるからね。テロに関係がないというアリバイを証明する必要があるわけだ」
「でも、いくら愛がなかったからって、お母様は事件に関係がないでしょ」
「それはもちろんだけど、母はかたくなにアリバイの証明を拒んだんだ」
「テロの関与を疑われるのに?」
「言えなかったんだよ、本当のことを」
あ、つまり、そういうこと……か。
私はさっき見た二人の姿を思い浮かべていた。
考えてみたら、さっきクロードさんはお母様の部屋にいつの間にか入ってきてたけど、暗証番号を知ってたからだ。
執事だからおかしくないかと気にしなかったけど、こういうことだったんだ。
「そういうことさ」と、ジャンがグラスに炭酸水をつぎ足した。
レモンに泡がまとわりついてグラスの中を踊る。