アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
 タクシー乗り場に止まっていたのはベンツだった。

 日本では考えられない高級車だ。

 ちょっとラッキーかも。

「ボジュー・マドマゼー」と抑揚のない挨拶をしながら振り向いた運転手さんに日本で印刷してきた予約サイトの紙を見せる。

 伝わるかな……。

 フランス語で説明できないからちょっと不安になる。

 でも、唇を突き出すようにうなずきながらプリントを突き返してくるなり、車が急発進した。

 うわお。

 せっかくのベンツなのに運転が荒い。

 シートベルト、どこ?

 体が左右に持って行かれそうになるのをこらえながら必死にベルトを装着したころにはもう車に酔い始めていた。

 まさに命綱だわ。

 帰宅時間帯だからなのか交通量の多い幹線道路を日本では考えられないようなスピードで突っ走っていく。

 今まで行った国では市内の地下鉄やバスだけで済んでいたので、外国でタクシーを使うのは初めてだった。

 荒っぽいのがこの運転手さんだけなのかどうかは分からない。

 飛ばしてるからかメーターの上がり方も荒っぽいし。

 大丈夫なのかな。

 あらかじめ八十ユーロくらいだというのはネットで調べていたけど、なんだか心配。

 幹線道路から森の中へ入る脇道へタイヤをきしませながら曲がる。

 さっきまでまぶしいくらい鮮やかだった外の景色が一気に暗くなった。

 道が細いのに相変わらずのスピードで危なくないのか心配だけど、対向車も人も見かけることなく深い森へと分け入っていく。

 と、いきなり前方が開けて明るくなったかと思うと、広い庭園が現れた。

 雰囲気を壊さないためかずいぶんと控えめな木彫りの看板に、『オテル・ドゥ・シャトー・ドゥヴォーセ』の文字がかろうじて読めた。

 開放された門をくぐり抜け、本来なら優雅に馬車が通るはずの通路を、タクシーが砂利を蹴散らしながら正面の城館に向かって進んでいく。

 ――予約サイトで見た画像と同じだ――。

 最初の印象はあまり感動的ってわけでもなかった。

 それは城館のせいじゃなくてタクシーの荒っぽさのせいかも。

 砂利でちょっと滑ったら通路の両側にきれいに咲いている花や幾何学的に整えられた庭木に突っ込んじゃいそうでこわい。

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