アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「どうしてそんなに驚いてるの?」

「いや、だいぶ印象が変わっていたからさ」

 そんな言い訳をしつつ、階段を上がってくる。

「似合うかな?」と、自分の髪にさわってみる。

「ああ、似合うよ、とても」

 顔を赤くしながら私のことを上から下まで何度も視線を往復させて眺めている。

 踊り場まで来ると、彼は私の肩を抱き寄せて頬にキスをした。

「前の方が良かった?」

「いや、なんていうか、前も良かったし、今もいいよ。どっちも素敵だよ」

 なんか、期待してた反応と違う。

 気に入ってもらえなかったかな。

「どっちも正解じゃないみたいだね」と、ジャンが肩に手を置いたまま私の目を見つめた。「ユリはいつも僕を驚かせるよね。だからいつも、『素敵』以外の言葉が見つからないんだ。愚かな僕を許してくれよ」

 そして、そっと背中に手を回して力を込めた。

「ごめんよ。抱きしめることしかできなくて」

 あれ?

 なんの匂いだろう……。

 ――ココナッツオイルの香り。

「ミレイユさんに会ってたの?」

「え、どうして分かる?」

 あからさまに動揺している。

「まあ、いや、その……、ミレイユと夕飯を食べてきたんだ。彼女が君に会ったという話も聞いた」

「今日の午前中、ここに来たの。いい友達になれそうねって」

「そ、そうなのか」

「でも、お食事くらいでこんなに匂いが残るってことはないでしょう」

 思わずクンクンかいでしまう。

「いや、これはつまり、その……だな、フランス式挨拶ってやつで触れ合っただけだ。別れ際に……その、いわゆるハグというやつだ。だからだよ」

「本当?」

「本当さ。日本語で『やましい』だっけ、『後ろめたい』だったかな。そういう気持ちはないよ。君も聞いてるだろうけど、僕らの婚約は解消されたし、お互いにずっとそうしたいと思っていたんだ」

 と、車を駐車場に移動してきたクロードさんが玄関ホールに現れた。

「コンバンワ、マダム」

「ボンニュイ、クロードさん。お疲れ様です」

 クロードさんは一礼して廊下の方へ去って行った。

 また見られたくないところを見られちゃったかな。

 私はジャンの手をつかんで階段を駆け上がった。

「ちょっと来て」

「なんだ。どうした?」

 寝室に入って扉を閉めると、私は彼をベッドに座らせた。

 明かりの消えた暗い部屋で彼が私を見上げている。

 窓から差し込むかすかな光が闇の底に沈んでいる。

 暗闇に慣れた目に彼の困惑した表情が浮かんでくる。

 静寂に包まれた寝室で、私の心だけがざわついていた。

「どうして黙ってたの?」

「何を?」

 ――私は……。

 ――いったい……。

 いったい、何をしようとしているんだろう。

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