極上悪魔な弁護士が溺甘パパになりました
「も、申し訳ありません」

 繭は頭をさげ、慌てて彼の膝からおりる。彼も一緒に立ちあがると、抱っこ紐のなかできょとんとしている旬太の顔をのぞきこんだ。

「子どもに怪我はないか?」

 そのとき、繭は初めて正面から彼の顔を見た。綺麗な二重瞼の下にある黒い瞳の美しさに思わず息を飲む。

(うわぁ、ものすごいイケメン――)

 のんきにそう思った瞬間、繭の全身から血の気が引いた。ぐいんと勢いよく首を横に振って、彼から顔を背ける。

(ま、待って。ありえない、なにかの間違いよ)

 心臓がバクバクと不穏な音を立て、背中を冷や汗が伝う。もう一度、彼の顔を確認したいと思うのに、身体が硬直して動かない。

「おい。助けてやったのに礼もなしか」

 かけられたその声に繭は絶望する。繭好みのよく通る落ち着いた声。

(あぁ、この声。やっぱり間違いじゃない)

「ん? あんたの顔、どっかで――」

 彼は繭の顎をつかみ、強引に自分のほうへと向けさせる。どうか思い出さないで、繭はそう祈ったけれど、大学在学中に司法試験を突破している樹の記憶力は伊達じゃなかった。彼は繭の願いをあっさりと打ち砕くかのように、ぐっと顔を近づけて耳元でささやく。
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