極上悪魔な弁護士が溺甘パパになりました
「思い返してみると、あの日、初めての夜もそうだった」

 そっと彼の手が伸びてきて、長い指が繭の唇をなぞる。繭の肌はぞくりと粟立ち、身体の芯に火がともるような感覚を覚える。少しかすれた彼の声が脳にダイレクトに響いてくる。

「なにもかも取り去って本能のままに欲しいと思ったのは、あれが初めてだった」

 繭はごくりと息を飲んだ。きっと、いつもみたいに『本気にした?』と言って彼は小悪魔めいた笑みを見せるだろう。繭はそう信じていたけど、樹はそのまま黙り込む。その表情はやけに真剣で、繭をますますうろたえさせる。

 翌日は、それまでの長雨が嘘のように気持ちのいい青空が広がっていた。樹の車で三人は水族館へ向かう。繭の大きなトートバッグのなかには樹がチャイルドシートを取りつけてくれる間に急いで作ったサンドイッチのお弁当が入っている。
 ハンドルを握りながら、樹が言う。

「イルカショーは外のプールでやるみたいだから、天気を心配してたけど晴れてよかったな」
「はい! 水族館久しぶりだなぁ、楽しみ。私、クラゲが大好きで――」

 ゆったりと水中に浮かぶさまはどれだけ眺めていても飽きないと、繭はクラゲへの愛を語る。いつか自宅でも飼育してみたいと思っていることを樹に伝え、そこではっと我に返った。ほんのりと頬を染めうつむく。
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