極上悪魔な弁護士が溺甘パパになりました
「堂上先生はどうして神楽木総合法律事務所をお辞めになったんですか?」

 慎太郎はふっと苦い笑みを浮かべて樹を見返す。

「僕があそこにいたこと、知ってたのか」
「はい。先生は俺にとって生涯かけて追いかけるべき目標です」

 樹のまっすぐな言葉に慎太郎は軽く肩をすくめる。

「ははっ。じゃあ、がっかりさせちゃったね」

 扱う事件の大きさのみで語れば、彼はたしかに落ちぶれたのだろう。だが、繭の話しぶりから慎太郎が今でも有能な弁護士であることはわかっている。

「そんな言い方はしないでください。あなたを誰よりも尊敬している彼女の立場がなくなるでしょう」

 樹はちらりと繭を目で追い、そう言った。繭にこの事務所を選んだ理由を聞いたとき、彼女は笑ってこう言ったのだ。

『う~ん。なんだかんだ言っても、タロ先生に惚れ込んでるんでしょうね』

 弁護士として、上司として、という意味なのはわかっていた。それでも、樹は人生で初めて嫉妬という感情を知った。慎太郎の顔を軽くにらみながら、樹は告げる。

「堂上先生は今でも俺の目標です。もっとも、必ずこえてみせますけどね」
「え~、なんか怖いなぁ」

 慎太郎は空になった湯のみを持って立ちあがると、樹に背を向けた。かと思うと、軽く振り返ってにやりと笑う。

「辞めた理由は初心を思い出したから。僕は困っている人の手助けがしたくて弁護士になったんだ。周囲がなんと言おうとね、今が一番楽しくて充実してる。かわいくて優秀なパラリーガルもついてるし」
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