忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
 美琴が一人暮らしをしているワンルームのアパートは、尋人のマンションから車で二十分程の距離にあった。ただ車一台がギリギリ通れるような道路に面しているため、尋人は車を近くのコインパーキングに停め、歩いてアパートに向かう。

「ここ?」
「そうです。二階なので」

 築浅でレンガを基調とした外観が気に入って入居したのだが、最近は少し手狭になってきていた。

「本当に狭いので、驚かないでくださいね」

 ドアの鍵を開けて中に入ると、尋人は物珍しさからか、ずっと首と目を動かしている。見られていると思うと、美琴は急に恥ずかしくなった。

「あのっ、すぐに準備するのでじっとしていてください!」

 尋人をベッドに座らせると、クローゼットからキャリーバッグと旅行カバンを取り出し、必要なものを詰め始める。

 アイボリー色の花柄のカーテン、カントリー調のテーブル、ベッドカバーは手作りらしいパッチワークの柄だった。明るくて優しい印象を受ける。

「なんか美琴らしい部屋だよな。かわいいものがいっぱいでさ、まんまお前って感じで安心する」

 美琴の手が止まる。ここは初めての一人暮らしの部屋で、好きなものをいっぱい詰め込みたいと思っていろいろ買い揃えた。

 私のお城みたいな部屋。だから本当はここに帰ってこられなくなるのは寂しかった。

「なぁ美琴、この部屋の家具ごとうちに引っ越して来ない?」
「嬉しい提案だけど、さすがにそれはちょっと……。もしもの時のために、帰る場所は残しておきたいし」
「……それもそうだな」

 尋人は美琴の様子を見ながら、ベッドに倒れ込む。美琴の匂いがして頭が溶けそうになる。この布団を持って帰りたいなんて言ったら変態だな。

 この部屋にいると、今住んでいるマンションが殺風景で無機質なのがわかる。あの部屋を美琴の好きなものでいっぱいにしてもいいな。でも……さっきのオープンカフェでの楽しそうな姿を思い出すと、庭付き一戸建ての方が喜びそうかな。

 想像を膨らませてはっとする。まだ付き合ってもいないのに、新居のことまで考えるなんて本当に重症だ。

 尋人はローテーブルの上に置いてあったガラスのアクセサリーケースに目を止める。

 三年前に美琴の耳元から外したピアスは、今も書斎の机の引き出しに入っている。あれは月のモチーフだった。ああいうデザインが好きなのだろうか? 

 尋人はケースの蓋を開ける。仕切られた空間にピアスや指輪、ブレスレットが収納されていた。花や星のようなかわいいモチーフのものが多い。

 たくさんのアクセサリーに埋もれるように、小さな陶器のケースがしまわれているのを見つけた。気になって中を開けた尋人は言葉を失った。

 あの日の美琴と尋人のピアスが入っていたのだ。

 大切に持っていてくれたんだな……尋人はこの上ない喜びに包まれる。

 立ちあがると、尋人は後ろから美琴の体を抱きしめた。

「ど、どうしたの?」

 驚く美琴に、尋人はピアスを二つ手に載せ差し出す。

「見つけちゃった。大事にしてくれてたんだな」
「あぁ……尋人との唯一の接点だし、大切な思い出の品だから……」
「まぁ実際はあの友達が後生大事に持っててくれた名刺もあるがな」

 美琴が笑う。やっぱりお前は笑顔がいい。俺ならたくさん笑わせてやる自信があるのに。

「美琴、せっかくだし最後にこの部屋で……」
「しません」

* * * *

 荷物を車に詰め込む。これでしばらく帰って来られない。

 他人と暮らすのは初めてなので、これからうまくやっていけるのか心配だった。

「美琴は料理とかするの?」
「一人暮らしだし、それなりに自炊はしてたよ」
「へぇ。じゃあさ、これから朝食作ってよ。今まで家を早めに出て外で食べてたからさ。食べてから出勤出来たら助かる」

 美琴の表情がほぐれる。緊張が解けたのが尋人にもわかる。

「うん、作る。和食と洋食、どっちがいい? パン党かご飯党かも知りたい」
「あまりこだわりないから美琴に任せるよ」
「わかった。あっ、夕飯は?」
「基本は家で食べるけど、接待の日は事前に言う。まぁ時々外でディナーデートとかもアリかな」

 わかりやすく赤くなる美琴を車の助手席に座らせ扉を閉めた。
 
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