忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
荷物が多くなることを予測して、今日も車で出かけた。
普段電車が当たり前の美琴からすればとても贅沢だったが、座っているだけで目的地に着くし、重たい思いをしなくていいのは楽だった。
この車の助手席に乗るのは今日で三日目。慣れとは不思議なもので、だいぶしっくりくるようになった。
いつかこんなふうに彼との生活もしっくりくる日が来るのだろうか。それとも……。
「行ってみたい店とかある?」
尋人に話しかけられ、はっと我にかえる。
「私の家じゃないし……。尋人の行きたいお店でいいんじゃない?」
「そうなんだけど、家具とかよくわかんないんだよな。昨日美琴の家に行って、お前がこだわり持って選んでるのがわかったからさ。美琴に選んで欲しいって思ったんだよ」
「私の好みで選んだら、尋人の家に合わないものになっちゃうよ」
「それならその家具が合う家に引っ越せばいい」
お金持ちの発想だ。一般人は更新料を気にして二年弱は住もうと思うのに。この価値観についていけるのだろうか。
美琴はスマホを取り出すと、ブックマークしておいた家具店のサイトを尋人に見せる。
「ここのお店、前に一人で行ったことがあるんだけど、私好みの家具が多かったの。もし良かったらどうかなって」
国内に数店舗ある大型の家具店だったが、美琴が見せたのはカントリーやアンティーク家具のページだった。やっぱりこういうのが好きなんだ。
「いいじゃん。よし、決まり」
「い、いいの?」
「もちろん」
美琴が嬉しそうに口元を綻ばせる。美琴が喜ぶと、尋人も自然と嬉しくなった。
* * * *
郊外にあるその家具店はのダイニングテーブルのフロアに入るなり、美琴は感嘆のため息を漏らした。
「素敵なものが多過ぎて選べない……」
「いや、選んでくれ」
広い店内には、どんな部屋にも合うように、様々なタイプのものが置かれている。それでも美琴が立ち止まるのは、似たようなタイプのものが多い。
「ねぇ、何人掛けのものがいいの? お客様とか来たりすることはある?」
「そうだなぁ……お客が来ることはないな。ちなみに美琴は子どもは何人くらい欲しい?」
「そうねぇ。二人か三人……って、これは何の会話?」
「二人か三人か。じゃあ大は小を兼ねるってことで、六人掛けにしておく?」
「す、好きにしてください!」
美琴はなんとも言えない感情に襲われ、顔を真っ赤にしながらスタスタと歩き出す。
その後ろを尋人が笑いながらついていく。
その時にウォールナットのテーブルが目に入った。四角いアイアンの脚が付いている。
「こういうの、ブルックリン風? 西海岸風? 男前でカッコいいね」
「こういうのも好きなの?」
「うん、好き。椅子のデザインを全部変えたらもっとオシャレかなぁ」
「いんじゃない? 俺もこういう感じ好きだな」
「本当?」
思いがけず同じ物に惹かれたことが嬉しくて、美琴は大きな声を出してしまった。
「ただあっちの方が美琴っぽい感じもするけど」
尋人が指差したのは、ろくろ脚のフレンチシャビーなテーブルだった。天板がブラウン、脚がホワイトのツートンになっており、同じデザインの椅子も置かれていた。
本当のことを言えば、店内を回って一番気に入ったのはこれだった。でも自分の好みを押し付けるような気がして言えなかったのだ。
「これもいいね。なんかあったかい感じがするしさ。さっきのもだけど、同じシリーズの家具があるから、それもまとめて買えば統一感があっていいかもな」
尋人はただ微笑むだけで、美琴の返事を待っている。
美琴は困った。でも言ってもいいのかな……?
「……本当はこっちがいいな。でもそれだと私の好みだし……」
フレンチシャビーのテーブルに手をついて答えたが、わがままを言っているような気持ちになって不安になる。
「よし、じゃあこれにしようか」
「えっ……でももっと検討した方が……」
「二人とも気に入ったんだし、いいんじゃない?」
尋人はテーブルの番号を控えると、美琴の手を引いて食器売り場に向かう。
「……決断、早過ぎじゃない?」
「まぁね。お前の言うように検討も大事だけどさ、直感を信じるのもアリかなって」
美琴は自分の意見を聞いて受け入れてもらえたことに戸惑ったが、二人とも気に入ったという言葉に救われる。
「私ね、社会人になってすぐに一人暮らしを始めたの。みんなは仕事が落ち着いてからの方がいいんじゃないかって言ったんだけど、誰にも干渉されない空間が欲しくて」
「じゃあ出会った頃は、ちょうど一人暮らしを始めたくらい?」
美琴は頷く。
「自分の好きなものに囲まれたお城みたいな部屋が作りたくて、インテリアの本を読み漁ったの。そしたらやりたいことがいっぱいになっちゃって。とりあえずカントリー なかわいい部屋にしようって決めて。だからあの部屋は私の好きなもので溢れてる」
「うん、そんな感じがしたよ」
「本当?」
下りのエスカレーターに尋人が先に乗り、美琴は一段上から彼を見る。こうするとほぼ目線が同じだった。
「だからあの部屋ごと引っ越せばって言ったんだよ。好きなものと離れるのは寂しいだろ?」
好きなものと離れるのは寂しい……。その言葉で別のことを思い出す。
三年前の朝、ホテルの部屋を出る時に後ろ髪が引かれたこと。タクシーで帰る時に寂しいと感じたこと。いまでも鮮明に思い出す。
それに比べて、私を裏切ったあの人との別れ際は、いつもどこかホッとしていた。情はあるけど、嘘をつかれていたことに対してモヤモヤが晴れることはなかった。しかもこのことが誰かにバレたらと思うと怖くなった。
「さっきのダイニングテーブル、美琴の部屋にある家具と雰囲気が合うと思うよ」
言葉一つ一つに温かさを感じる。あの日に感じた寂しさがすべて吹き飛ぶようだった。
「ありがとう……」
美琴は尋人の腕に抱きついた。私、この人を離したくないみたい……。
普段電車が当たり前の美琴からすればとても贅沢だったが、座っているだけで目的地に着くし、重たい思いをしなくていいのは楽だった。
この車の助手席に乗るのは今日で三日目。慣れとは不思議なもので、だいぶしっくりくるようになった。
いつかこんなふうに彼との生活もしっくりくる日が来るのだろうか。それとも……。
「行ってみたい店とかある?」
尋人に話しかけられ、はっと我にかえる。
「私の家じゃないし……。尋人の行きたいお店でいいんじゃない?」
「そうなんだけど、家具とかよくわかんないんだよな。昨日美琴の家に行って、お前がこだわり持って選んでるのがわかったからさ。美琴に選んで欲しいって思ったんだよ」
「私の好みで選んだら、尋人の家に合わないものになっちゃうよ」
「それならその家具が合う家に引っ越せばいい」
お金持ちの発想だ。一般人は更新料を気にして二年弱は住もうと思うのに。この価値観についていけるのだろうか。
美琴はスマホを取り出すと、ブックマークしておいた家具店のサイトを尋人に見せる。
「ここのお店、前に一人で行ったことがあるんだけど、私好みの家具が多かったの。もし良かったらどうかなって」
国内に数店舗ある大型の家具店だったが、美琴が見せたのはカントリーやアンティーク家具のページだった。やっぱりこういうのが好きなんだ。
「いいじゃん。よし、決まり」
「い、いいの?」
「もちろん」
美琴が嬉しそうに口元を綻ばせる。美琴が喜ぶと、尋人も自然と嬉しくなった。
* * * *
郊外にあるその家具店はのダイニングテーブルのフロアに入るなり、美琴は感嘆のため息を漏らした。
「素敵なものが多過ぎて選べない……」
「いや、選んでくれ」
広い店内には、どんな部屋にも合うように、様々なタイプのものが置かれている。それでも美琴が立ち止まるのは、似たようなタイプのものが多い。
「ねぇ、何人掛けのものがいいの? お客様とか来たりすることはある?」
「そうだなぁ……お客が来ることはないな。ちなみに美琴は子どもは何人くらい欲しい?」
「そうねぇ。二人か三人……って、これは何の会話?」
「二人か三人か。じゃあ大は小を兼ねるってことで、六人掛けにしておく?」
「す、好きにしてください!」
美琴はなんとも言えない感情に襲われ、顔を真っ赤にしながらスタスタと歩き出す。
その後ろを尋人が笑いながらついていく。
その時にウォールナットのテーブルが目に入った。四角いアイアンの脚が付いている。
「こういうの、ブルックリン風? 西海岸風? 男前でカッコいいね」
「こういうのも好きなの?」
「うん、好き。椅子のデザインを全部変えたらもっとオシャレかなぁ」
「いんじゃない? 俺もこういう感じ好きだな」
「本当?」
思いがけず同じ物に惹かれたことが嬉しくて、美琴は大きな声を出してしまった。
「ただあっちの方が美琴っぽい感じもするけど」
尋人が指差したのは、ろくろ脚のフレンチシャビーなテーブルだった。天板がブラウン、脚がホワイトのツートンになっており、同じデザインの椅子も置かれていた。
本当のことを言えば、店内を回って一番気に入ったのはこれだった。でも自分の好みを押し付けるような気がして言えなかったのだ。
「これもいいね。なんかあったかい感じがするしさ。さっきのもだけど、同じシリーズの家具があるから、それもまとめて買えば統一感があっていいかもな」
尋人はただ微笑むだけで、美琴の返事を待っている。
美琴は困った。でも言ってもいいのかな……?
「……本当はこっちがいいな。でもそれだと私の好みだし……」
フレンチシャビーのテーブルに手をついて答えたが、わがままを言っているような気持ちになって不安になる。
「よし、じゃあこれにしようか」
「えっ……でももっと検討した方が……」
「二人とも気に入ったんだし、いいんじゃない?」
尋人はテーブルの番号を控えると、美琴の手を引いて食器売り場に向かう。
「……決断、早過ぎじゃない?」
「まぁね。お前の言うように検討も大事だけどさ、直感を信じるのもアリかなって」
美琴は自分の意見を聞いて受け入れてもらえたことに戸惑ったが、二人とも気に入ったという言葉に救われる。
「私ね、社会人になってすぐに一人暮らしを始めたの。みんなは仕事が落ち着いてからの方がいいんじゃないかって言ったんだけど、誰にも干渉されない空間が欲しくて」
「じゃあ出会った頃は、ちょうど一人暮らしを始めたくらい?」
美琴は頷く。
「自分の好きなものに囲まれたお城みたいな部屋が作りたくて、インテリアの本を読み漁ったの。そしたらやりたいことがいっぱいになっちゃって。とりあえずカントリー なかわいい部屋にしようって決めて。だからあの部屋は私の好きなもので溢れてる」
「うん、そんな感じがしたよ」
「本当?」
下りのエスカレーターに尋人が先に乗り、美琴は一段上から彼を見る。こうするとほぼ目線が同じだった。
「だからあの部屋ごと引っ越せばって言ったんだよ。好きなものと離れるのは寂しいだろ?」
好きなものと離れるのは寂しい……。その言葉で別のことを思い出す。
三年前の朝、ホテルの部屋を出る時に後ろ髪が引かれたこと。タクシーで帰る時に寂しいと感じたこと。いまでも鮮明に思い出す。
それに比べて、私を裏切ったあの人との別れ際は、いつもどこかホッとしていた。情はあるけど、嘘をつかれていたことに対してモヤモヤが晴れることはなかった。しかもこのことが誰かにバレたらと思うと怖くなった。
「さっきのダイニングテーブル、美琴の部屋にある家具と雰囲気が合うと思うよ」
言葉一つ一つに温かさを感じる。あの日に感じた寂しさがすべて吹き飛ぶようだった。
「ありがとう……」
美琴は尋人の腕に抱きついた。私、この人を離したくないみたい……。