忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
偵察
紗世はイライラしていた。社員食堂でとろろ蕎麦をズルズルと流し込みながら、ちらりとスマホに目をやる。
金曜日のバーでのことがあってから五日。美琴から来た連絡は一回だけだった。しかも短文。
連絡するって言ったのに、いつになったら連絡が来るの⁈
美琴を置いてバーを出てしまった手前、何かあったのではと気が気ではなかったのだ。
「なんか目黒さん……いつにも増してピリピリしてないか?」
「新商品任されてるし、大変なんじゃない?」
「ピリピリしててもかわいいけどな……」
そんなことを囁かれているとは気がついていない紗世は、蕎麦の汁まで飲み切り満足した。
その時スマホが鳴る。期待した美琴ではなかったが、波斗からの着信だった。
慌てて食器を片付け、人混みを避けるように、廊下を奥まで歩いていく。
「もしもし」
「あっ、紗世ちゃん。ごめんね、食事中だった?」
「大丈夫、終わったところ。仕事中に電話なんて珍しいね。どうかしたの?」
「……うん」
波斗の言葉がはっきりしない。もしかしたら周りに誰かがいるのかもしれない。
「あのね、今から第二会議室に来られるかな?」
「今から?」
腕時計を見て時間を確認する。とろろ蕎麦を流し込んだおかげで、時間には余裕があった。
「うん、あと……」
急に波斗の声が小さくなった。
「先輩後輩な感じで来て!」
ブチっと切れる。……なんか波くんらしくない。なんだろう、裏に何かの影が見えそうで見えなかった。
エレベーターに乗り込むと、背筋に悪寒が走る。嫌な予感がするのは何故だろうか。
営業部の階に到着して降りると、そわそわした様子の波斗が立っていた。
あぁ、波くんたら今日もかわいい……と思ってはっとする。ここは会社。今は仕事中。抱きつきたい欲求を抑えて隣に立つ。
「紗世ちゃん、津山先輩と知り合いだったの?」
波斗の顔が青ざめている。二人は並んで会議室まで歩き出す。
「午前中に先輩から電話が来てさ、新商品開発副リーダーで、紗世っていう名前の黒髪ロングの女を知ってるかって聞かれたんだよ〜。そんなの紗世ちゃんしかいないじゃない」
津山……津山……。なんか記憶にあるんだけど、どこで聞いたんだろう。
「それでね、紗世ちゃんと話したいから連れて来いって」
波斗は会議室の前で止まると、扉を指差す。その手を紗世は掴むと、波斗の顔を覗き込む。
「波くん、なんでそんなに怯えてるの?」
「……怖いから」
あぁ、その怖がりな感じもかわいい。でも波くんをこんなふうにする人って……。
波斗がノックをして扉を開けると、ソファに一人の男が座っていた。
紗世の中で何かがプチっと切れる。なるほど。この俺様な態度の男。こいつがあの津山だったのか。
「やぁ、久しぶり。五日ぶりかな?」
男は不敵な笑みを浮かべて紗世を見ている。
「どの津山さんかと思えば、こちらの津山さんでしたか。五日前はお世話になりました。それは気持ち良く追い出していただいて」
二人の間に目に見えない電流でも流れているかのような空気になる。
「あの、先輩! こちら目黒紗世さん。僕の大学のかわいい後輩です! しかも優秀!」
波斗が紗世を紹介する姿にキュンとして、腰が抜けそうになる。
「紗世ちゃん、こちら僕の高校の先輩の津山尋人さん。あのブルーエングループの若き専務なんだ!」
「うん、知ってる。この間名刺もらったもの」
「えっ、そうなの?」
紗世と尋人はしばらく無言でお互いの出方を見ている。その空気圧に耐えられず、波斗はずっとそわそわしている。
「あの後、ちゃんと話せましたか?」
「おかげさまで」
「美琴ちゃんのこと泣かせたりしてないでしょうね?」
「もちろん」
その言葉を聞いて、紗世は安心したのか戦闘態勢を解く。
「えっ、美琴ちゃんも関係してるの?」
事情が全くわからない波斗がきょとんとした顔で口にする。
「知り合いなのか?」
「みんな大学時代のサークル仲間なんですよ。ねっ?」
波斗に言われ、紗世はにっこり微笑む。
「そうか……意外なところで繋がっているものだな」
「そうですね。ところで今美琴ちゃんとはどうなってるんですか?」
「五日前から一緒に住んでいる」
さらっと言うものだから、紗世と波斗は突然の展開について行けずに凍りつく。
「それから、昨日恋人に昇格したよ」
尋人の満面の笑みを見たことがなかった波斗は気を失いそうになった。その波斗を支えながら、紗世は尋人を怪訝そうに見つめる。
「ちゃんと美琴ちゃんの同意のもとですよね?」
「……俺はどう見られてるんだよ。気になるなら美琴に確認してくれ」
「じゃああのことは……」
あのこと、つまり不倫のこと。やっと終わらせることがで出来たのだろうか。
すると尋人は首を横に振った。
あぁ、まだなんだ。少し期待してしまった分、落胆も大きい。
「今日来たのはそのことで君に聞きたいことがあったからだ」
直感的に、この話を波斗に聞かれてはいけないと思う。
「波くん、津山さんと二人で話してもいいかな?」
いつになく真剣な紗世の様子を感じ取ると、波斗は笑顔で紗世の頭を撫でる。
「わかった。室長には僕から連絡しておくから」
「うん、ありがとう」
波斗は尋人にも笑顔を向ける。
「紗世ちゃんのこと、いじめないでくださいよ!」
「当たり前だ。上野、今度飲みに行こう」
「楽しみにしてます」
波斗は紗世に目配せをし部屋から出て行った。
金曜日のバーでのことがあってから五日。美琴から来た連絡は一回だけだった。しかも短文。
連絡するって言ったのに、いつになったら連絡が来るの⁈
美琴を置いてバーを出てしまった手前、何かあったのではと気が気ではなかったのだ。
「なんか目黒さん……いつにも増してピリピリしてないか?」
「新商品任されてるし、大変なんじゃない?」
「ピリピリしててもかわいいけどな……」
そんなことを囁かれているとは気がついていない紗世は、蕎麦の汁まで飲み切り満足した。
その時スマホが鳴る。期待した美琴ではなかったが、波斗からの着信だった。
慌てて食器を片付け、人混みを避けるように、廊下を奥まで歩いていく。
「もしもし」
「あっ、紗世ちゃん。ごめんね、食事中だった?」
「大丈夫、終わったところ。仕事中に電話なんて珍しいね。どうかしたの?」
「……うん」
波斗の言葉がはっきりしない。もしかしたら周りに誰かがいるのかもしれない。
「あのね、今から第二会議室に来られるかな?」
「今から?」
腕時計を見て時間を確認する。とろろ蕎麦を流し込んだおかげで、時間には余裕があった。
「うん、あと……」
急に波斗の声が小さくなった。
「先輩後輩な感じで来て!」
ブチっと切れる。……なんか波くんらしくない。なんだろう、裏に何かの影が見えそうで見えなかった。
エレベーターに乗り込むと、背筋に悪寒が走る。嫌な予感がするのは何故だろうか。
営業部の階に到着して降りると、そわそわした様子の波斗が立っていた。
あぁ、波くんたら今日もかわいい……と思ってはっとする。ここは会社。今は仕事中。抱きつきたい欲求を抑えて隣に立つ。
「紗世ちゃん、津山先輩と知り合いだったの?」
波斗の顔が青ざめている。二人は並んで会議室まで歩き出す。
「午前中に先輩から電話が来てさ、新商品開発副リーダーで、紗世っていう名前の黒髪ロングの女を知ってるかって聞かれたんだよ〜。そんなの紗世ちゃんしかいないじゃない」
津山……津山……。なんか記憶にあるんだけど、どこで聞いたんだろう。
「それでね、紗世ちゃんと話したいから連れて来いって」
波斗は会議室の前で止まると、扉を指差す。その手を紗世は掴むと、波斗の顔を覗き込む。
「波くん、なんでそんなに怯えてるの?」
「……怖いから」
あぁ、その怖がりな感じもかわいい。でも波くんをこんなふうにする人って……。
波斗がノックをして扉を開けると、ソファに一人の男が座っていた。
紗世の中で何かがプチっと切れる。なるほど。この俺様な態度の男。こいつがあの津山だったのか。
「やぁ、久しぶり。五日ぶりかな?」
男は不敵な笑みを浮かべて紗世を見ている。
「どの津山さんかと思えば、こちらの津山さんでしたか。五日前はお世話になりました。それは気持ち良く追い出していただいて」
二人の間に目に見えない電流でも流れているかのような空気になる。
「あの、先輩! こちら目黒紗世さん。僕の大学のかわいい後輩です! しかも優秀!」
波斗が紗世を紹介する姿にキュンとして、腰が抜けそうになる。
「紗世ちゃん、こちら僕の高校の先輩の津山尋人さん。あのブルーエングループの若き専務なんだ!」
「うん、知ってる。この間名刺もらったもの」
「えっ、そうなの?」
紗世と尋人はしばらく無言でお互いの出方を見ている。その空気圧に耐えられず、波斗はずっとそわそわしている。
「あの後、ちゃんと話せましたか?」
「おかげさまで」
「美琴ちゃんのこと泣かせたりしてないでしょうね?」
「もちろん」
その言葉を聞いて、紗世は安心したのか戦闘態勢を解く。
「えっ、美琴ちゃんも関係してるの?」
事情が全くわからない波斗がきょとんとした顔で口にする。
「知り合いなのか?」
「みんな大学時代のサークル仲間なんですよ。ねっ?」
波斗に言われ、紗世はにっこり微笑む。
「そうか……意外なところで繋がっているものだな」
「そうですね。ところで今美琴ちゃんとはどうなってるんですか?」
「五日前から一緒に住んでいる」
さらっと言うものだから、紗世と波斗は突然の展開について行けずに凍りつく。
「それから、昨日恋人に昇格したよ」
尋人の満面の笑みを見たことがなかった波斗は気を失いそうになった。その波斗を支えながら、紗世は尋人を怪訝そうに見つめる。
「ちゃんと美琴ちゃんの同意のもとですよね?」
「……俺はどう見られてるんだよ。気になるなら美琴に確認してくれ」
「じゃああのことは……」
あのこと、つまり不倫のこと。やっと終わらせることがで出来たのだろうか。
すると尋人は首を横に振った。
あぁ、まだなんだ。少し期待してしまった分、落胆も大きい。
「今日来たのはそのことで君に聞きたいことがあったからだ」
直感的に、この話を波斗に聞かれてはいけないと思う。
「波くん、津山さんと二人で話してもいいかな?」
いつになく真剣な紗世の様子を感じ取ると、波斗は笑顔で紗世の頭を撫でる。
「わかった。室長には僕から連絡しておくから」
「うん、ありがとう」
波斗は尋人にも笑顔を向ける。
「紗世ちゃんのこと、いじめないでくださいよ!」
「当たり前だ。上野、今度飲みに行こう」
「楽しみにしてます」
波斗は紗世に目配せをし部屋から出て行った。