忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
 会議室に二人になった途端に空気が重くなる。

「本当に上野は昔から変わらないなぁ」
「もういつもかわいくてかわいくて……」
「で、付き合ってるわけだ」

 紗世の体がビクッと震える。

「このこと、美琴はきっと知らないだろうなぁ」
「……いろいろあったからまだ話してないだけです」
「へぇ……まぁそういうことにしておいてやるよ」

 カチン。この男、本当にイラっとする。でも今は美琴ちゃんの話だ。紗世は気持ちをグッと堪える。

「で、聞きたいことってなんですか?」

 尋人に促されて、紗世は向かいの席に座った。

「美琴の不倫相手のことだ。何か聞いてないか?」
「……なんでそんなこと聞くんですか?」

 お互い表情を隠しているため、相手の気持ちを読むことが出来ない。

「あの日から美琴を見てるが、男から連絡が来た様子はないんだ。逆にそれが気になってる」

 美琴ちゃんのこと、ちゃんと見てくれてるんだ。あの日話した方がいいと言ったけど、前に進めているようで安心した。

「美琴ちゃんに直接聞かないんですか?」
「うん……なんというか、美琴は不倫のことを俺に知られたくない気がするんだ。あいつだって自分からそうなったわけじゃない、気付いたらそういう状況だったってだけで、美琴だって被害者なのに……。でも俺が聞けばきっと美琴を傷つけると思う」

 美琴ちゃんがそう思っているのであれば、それは明らかにこの男を好きだから……紗世は思った。

「たぶん黙ったまま、自分で決着をつけに行くでしょうね」
「だけどそれが問題だ」
「相手の思惑に流されそうってことですよね? 今まで何回も別れ話をしようとしたのに流されたそうですから」

 尋人は紗世をじっと見つめる。

「その男のこと、知っていたら教えてくれ」
「知ってどうするんですか?」
「……とりあえず素性を調べ上げる」
「で?」
「……気になっていることがあるんだ。たとえ不倫だとしても、連絡のペースが遅過ぎる。なんとなく裏がある気がしてならないんだよ」

 確かに紗世も気になっていた。

「前に美琴ちゃん、会うのは一〜二週間に一度って言っていたんです。それって付き合ってるって言わないんじゃないって言ったこともあるんですよ。なんか都合の良い時だけ呼び出されている気がしてならないんですよね」

 ふと尋人の顔を見てみると、驚いたことにとても辛そうな顔をしていた。

 たった五日でこんなに情が湧くんだ……この人なら打ち明けても大丈夫だろう。

「私も詳しくは知りませんが、美琴ちゃんの病院に出入りをしていた薬品会社……確か小倉薬品の山脇さんって言ってた気がします」

 小倉薬品の山脇か……。それだけわかれば十分だ。

「私は美琴ちゃんに幸せになってもらいたい。だからこの男には私の手で制裁を加えてやりたい」
「同感だ」
「でもそれはあなたもです。もし美琴ちゃんを不幸にするような結果になったら、私はあなたに正義の鉄槌を喰らわせてやるから」
「ははっ、それは遠慮したい。まぁそうならない自信はあるよ」
「まだ五日じゃないですか。どこから来るんですか、その自信は」

 紗世の言葉に笑顔で返す。

 本当、食えない男ね。

「そろそろ行くよ。いろいろありがとう」
「いいえ……何かあったら波くんを通してで結構なので連絡ください」
「わかった。それにしても上野が幸せそうで安心したよ。高校の時は楽しそうにしていても、どこか影のある感じでさ。さっきみたいな上野は初めて見た。君のおかげかな?」

 紗世の顔が真っ赤になる。バレるのが嫌で、紗世は下を向いた。

「あぁ、そうだ。今週の金曜日は大事な会食があって、帰宅は遅くなりそうなんだ。もし君に予定がなければ、先週からの経緯を美琴に聞いてみたら?」

 そう言い残して尋人は部屋から出て行った。

 あの男の言いなりみたいなのは癪だが、でも良いチャンスなのかもしれない。

 その時ノックの音がしてドアが開く。もしやあの男が帰ってきた⁈ そう思って警戒すると、入ってきたのは波斗だった。

「大丈夫?」

 紗世は安心して波斗に抱きつく。

「波くん補給タイム」
「何それ。かわいいんだけど。でも職場でこういうのは嫌じゃなかった?」
「うん、だから今だけ」

 紗世は背伸びすると波斗にキスをした。優しく返してくれるのが気持ち良くて、紗世はうっとりと目を閉じる。

 彼とのことは複雑で、あまり話したくなかったというのが本音だった。

 でも美琴ちゃんはなんでも相談してくれるし、きっと私を信頼してくれているんだと思う。それなら私も話すべきだよね。

 紗世はポケットの中のスマホをギュッと握りしめた。
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