忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
「今の病院に就職してからずっと会計業務をしてたけど、半年前に受付だった子が妊娠して、立ち仕事が辛いからって仕事を変わることになったの」
あの頃の楽しかった記憶を思い出し、口元が綻ぶ。
「受付業務だと病院に出入りする人と挨拶することが多くなって、自然と顔見知りになる人も増えるんだよね」
患者だけでなく、病院に関わる人が皆受付を通る。名前を覚えて声を掛けてくれる人もいて、嬉しかったことを今も覚えている。
「そんな時、休みの日に一人で街ブラしてたら、偶然病院に出入りしている人と会ったの。そこから食事に誘われて、連絡先を交換して……。何回か会ってるうちに告白されて、すごくいい人だったし、まぁいいかもと思って付き合うことになって……」
美琴の声のトーンが落ちた。
それでも尋人は黙ったまま聞いている。
「ただね、いろいろ約束があって……例えば仕事が忙しいから電話やメールは彼が時間のある時にするとか、土日も仕事が入ることがあるから会えないとか、今思えばわかりそうなものだけど、その時はそのまま彼の言葉を信じちゃった」
あの時、すぐに告白を受け入れずに誰かに相談していたら違っていたのかもしれない。
でもあの時は付き合い始めたばかりで浮かれていて、そんなことを考えられるような心持ちではなかった。
「付き合って三ヶ月くらい経った時、彼から結婚してることを打ち明けられたの。でも私は自分が不倫していたことに絶望して、もう終わりにしたいって言った。そうしたら奥さんと上手くいってないとか、君と結婚したいとか言い出して、気がつけば関係がズルズル続いちゃってて……」
あの頃から自分の気持ちがわからなくなった。彼の言葉を信じて待つべきか、別れるべきか……。彼を傷つけず、自分も傷つかない答えはなんなのだろう……。
そんな答えがあるわけもないのに探して見つからず、出口のない迷路をぐるぐる回っているような気持ちだった。
「奥さんに悪いと思いながら、でも上手くいってないなら続けてもいいのかなって思ったり。今日こそ別れようって思っても、愛してるとか、君しかいないとか言われたら言えなくなっちゃう……」
あの人によって何度も決心を捻じ曲げられ、自分の想いもわからなくなった。私の本心はどうだったんだっけ?
尋人は美琴を抱きしめていた手を緩めた。
「美琴はさ、一体どうなりたいの?」
唐突に聞かれて、美琴は口籠る。それこそが、美琴が見失ってしまった答えだったから。
「どうって……私は……幸せになりたい……」
「じゃあ聞くけど、今は幸せ?」
美琴は答えに詰まった。今は尋人が与えてくれる幸せは感じる。ただもっと奥深く、根底にあるものはそうではなかった。
「幸せな奴は、幸せになりたいなんて言わないよ」
そうか。私は幸せの定義がわからなくなったんだ。言われて気付いた。
尋人は美琴を自分の方に向かせる。彼の瞳の奥に怒りが見え、美琴は怖くなった。
やっぱり軽蔑された……嫌われた……。でもこうなることは予想してたじゃない。美琴はどうにか気持ちを奮い立たせる。
「美琴はさ、美琴の不幸の上にあいつの幸せが成り立ってるとは思わない? 外ではお前を抱いて、家では奥さんを抱いて、性処理いらないじゃん」
再会した時のような冷酷な言葉。美琴は下を向いた。
「奥さんとはしてないって……」
「奥さんに聞いたのか? してますかって」
美琴は首を横に振った。
「美琴があいつとの幸せをもし望むのなら、それは奥さんの不幸の上にしか成り立たないんだよ。お前は今は不幸かもしれないけど、もしその男がお前を選んだらどうなる? 信じている人が自分以外の女をずっと抱いていたなんて知ったらどんな気持ちだろうな」
尋人の言葉は美琴の心に突き刺さる。そんなこと……わかって……なかったかもしれない。
私、自分のことばかりで、奥さんの立場に立った考えは出来ていなかった。
「お前は申し訳ないと言いつつ、どこかで自分は優位だと感じてるんだ。奥さんは何も知らず、顔も知らない女に蔑まれてるって知ったら辛いだろうな」
「そ、そんなこと……!」
反論出来ない。だって確かにそう思った自分がいたから……。だからそんな卑しい私を尋人に知られたくなかった。
「お前か奥さん、どちらかの不幸の上にあいつの幸せは成立してるんだって気付けよ!」
いつも冷静な尋人が初めて怒鳴った。
その言葉を聞いて、美琴ははっとする。
違う。これはただの怒りじゃない。尋人の優しさなんだ。彼はあの男のかけた呪縛を解こうとしてくれてる。
そして私の幸せを願ってくれてる言葉。
美琴はゆっくり尋人の顔を見ると、彼の頬には大粒の涙が伝っていた。
「み、見るな!」
尋人はそう言って顔を背けようとそうしたが、美琴は尋人の頬を両手で挟み、自分の方を向かせようとする。
「なんで尋人が泣くのよ……」
「悔しいんだよ。お前を不幸にする男が、今もお前を自分の物だと思ってることが! お前はちゃんと幸せになれる奴なのに、それをそんなくだらない男のために棒に振ってるのが許せない」
尋人の言葉は美琴にしっかりと響く。
「私……幸せになれるの?」
「……当たり前だろ。お前がどこに幸せを求めるかで変わっていくんだよ」
「そっか……私次第か……」
尋人は美琴の胸元にもたれかかる。
「再会してからの美琴は自分に自信がないみたいで、それが何故かわからなかった。でも話を聞いて思ったんだ。美琴は迷走してるんだって。そしてまだ出口を見つけられていない」
尋人の手が美琴の腰にまわされる。
「美琴自身が卑下する部分はその男によって作られた部分で、本当の美琴じゃない。本当の美琴は嫌なことははっきり言うし、好きなものにはストレートに好意を持つ。屈託なく笑う、素直な女の子だよ。俺が保証する」
美琴はその言葉を聞くと、尋人の頭を両手で抱えて泣き始めた。そんなこと、今まで誰も言ってくれなかった。
「俺がお前に自信を持たせてやるから」
「どうやって……?」
美琴が手を緩めると、尋人はその手を掴んで口づける。
「俺を信じて。愛してるって言ったのは嘘じゃない。だから美琴も俺を好きになれ」
「……そんなのもうとっくに好きになってるよ」
「愛してる?」
「……自分でもびっくりするくらい愛してるみたい」
尋人は嬉しそうに微笑む。
「じゃああとは俺の言葉も行動も全て、疑わずに受け入れて。そうすればきっと愛されてるってわかるからさ」
「私は受け入れるだけでいいの?」
「そうだな……あとは我慢しないで、したいこととかして欲しいことをもっと言って。俺はそれが嬉しいし、美琴に愛されてるっていう俺の自信にもなる」
「ただのわがままなのに?」
「俺にしか言わないわがままは特別ってことだろ?」
美琴は尋人に軽くキスをした。自分からするなんて初めてだったが、彼が愛おしくてたまらない。
「美琴?」
「尋人といるとおかしくなっちゃう……」
「今日は俺が襲われちゃう感じ?」
「だってわがまま言っていいんでしょ?」
尋人は何故か嬉しそうにニヤニヤしながら、片手でリモコンを操作してテレビのスイッチを消した。
あの頃の楽しかった記憶を思い出し、口元が綻ぶ。
「受付業務だと病院に出入りする人と挨拶することが多くなって、自然と顔見知りになる人も増えるんだよね」
患者だけでなく、病院に関わる人が皆受付を通る。名前を覚えて声を掛けてくれる人もいて、嬉しかったことを今も覚えている。
「そんな時、休みの日に一人で街ブラしてたら、偶然病院に出入りしている人と会ったの。そこから食事に誘われて、連絡先を交換して……。何回か会ってるうちに告白されて、すごくいい人だったし、まぁいいかもと思って付き合うことになって……」
美琴の声のトーンが落ちた。
それでも尋人は黙ったまま聞いている。
「ただね、いろいろ約束があって……例えば仕事が忙しいから電話やメールは彼が時間のある時にするとか、土日も仕事が入ることがあるから会えないとか、今思えばわかりそうなものだけど、その時はそのまま彼の言葉を信じちゃった」
あの時、すぐに告白を受け入れずに誰かに相談していたら違っていたのかもしれない。
でもあの時は付き合い始めたばかりで浮かれていて、そんなことを考えられるような心持ちではなかった。
「付き合って三ヶ月くらい経った時、彼から結婚してることを打ち明けられたの。でも私は自分が不倫していたことに絶望して、もう終わりにしたいって言った。そうしたら奥さんと上手くいってないとか、君と結婚したいとか言い出して、気がつけば関係がズルズル続いちゃってて……」
あの頃から自分の気持ちがわからなくなった。彼の言葉を信じて待つべきか、別れるべきか……。彼を傷つけず、自分も傷つかない答えはなんなのだろう……。
そんな答えがあるわけもないのに探して見つからず、出口のない迷路をぐるぐる回っているような気持ちだった。
「奥さんに悪いと思いながら、でも上手くいってないなら続けてもいいのかなって思ったり。今日こそ別れようって思っても、愛してるとか、君しかいないとか言われたら言えなくなっちゃう……」
あの人によって何度も決心を捻じ曲げられ、自分の想いもわからなくなった。私の本心はどうだったんだっけ?
尋人は美琴を抱きしめていた手を緩めた。
「美琴はさ、一体どうなりたいの?」
唐突に聞かれて、美琴は口籠る。それこそが、美琴が見失ってしまった答えだったから。
「どうって……私は……幸せになりたい……」
「じゃあ聞くけど、今は幸せ?」
美琴は答えに詰まった。今は尋人が与えてくれる幸せは感じる。ただもっと奥深く、根底にあるものはそうではなかった。
「幸せな奴は、幸せになりたいなんて言わないよ」
そうか。私は幸せの定義がわからなくなったんだ。言われて気付いた。
尋人は美琴を自分の方に向かせる。彼の瞳の奥に怒りが見え、美琴は怖くなった。
やっぱり軽蔑された……嫌われた……。でもこうなることは予想してたじゃない。美琴はどうにか気持ちを奮い立たせる。
「美琴はさ、美琴の不幸の上にあいつの幸せが成り立ってるとは思わない? 外ではお前を抱いて、家では奥さんを抱いて、性処理いらないじゃん」
再会した時のような冷酷な言葉。美琴は下を向いた。
「奥さんとはしてないって……」
「奥さんに聞いたのか? してますかって」
美琴は首を横に振った。
「美琴があいつとの幸せをもし望むのなら、それは奥さんの不幸の上にしか成り立たないんだよ。お前は今は不幸かもしれないけど、もしその男がお前を選んだらどうなる? 信じている人が自分以外の女をずっと抱いていたなんて知ったらどんな気持ちだろうな」
尋人の言葉は美琴の心に突き刺さる。そんなこと……わかって……なかったかもしれない。
私、自分のことばかりで、奥さんの立場に立った考えは出来ていなかった。
「お前は申し訳ないと言いつつ、どこかで自分は優位だと感じてるんだ。奥さんは何も知らず、顔も知らない女に蔑まれてるって知ったら辛いだろうな」
「そ、そんなこと……!」
反論出来ない。だって確かにそう思った自分がいたから……。だからそんな卑しい私を尋人に知られたくなかった。
「お前か奥さん、どちらかの不幸の上にあいつの幸せは成立してるんだって気付けよ!」
いつも冷静な尋人が初めて怒鳴った。
その言葉を聞いて、美琴ははっとする。
違う。これはただの怒りじゃない。尋人の優しさなんだ。彼はあの男のかけた呪縛を解こうとしてくれてる。
そして私の幸せを願ってくれてる言葉。
美琴はゆっくり尋人の顔を見ると、彼の頬には大粒の涙が伝っていた。
「み、見るな!」
尋人はそう言って顔を背けようとそうしたが、美琴は尋人の頬を両手で挟み、自分の方を向かせようとする。
「なんで尋人が泣くのよ……」
「悔しいんだよ。お前を不幸にする男が、今もお前を自分の物だと思ってることが! お前はちゃんと幸せになれる奴なのに、それをそんなくだらない男のために棒に振ってるのが許せない」
尋人の言葉は美琴にしっかりと響く。
「私……幸せになれるの?」
「……当たり前だろ。お前がどこに幸せを求めるかで変わっていくんだよ」
「そっか……私次第か……」
尋人は美琴の胸元にもたれかかる。
「再会してからの美琴は自分に自信がないみたいで、それが何故かわからなかった。でも話を聞いて思ったんだ。美琴は迷走してるんだって。そしてまだ出口を見つけられていない」
尋人の手が美琴の腰にまわされる。
「美琴自身が卑下する部分はその男によって作られた部分で、本当の美琴じゃない。本当の美琴は嫌なことははっきり言うし、好きなものにはストレートに好意を持つ。屈託なく笑う、素直な女の子だよ。俺が保証する」
美琴はその言葉を聞くと、尋人の頭を両手で抱えて泣き始めた。そんなこと、今まで誰も言ってくれなかった。
「俺がお前に自信を持たせてやるから」
「どうやって……?」
美琴が手を緩めると、尋人はその手を掴んで口づける。
「俺を信じて。愛してるって言ったのは嘘じゃない。だから美琴も俺を好きになれ」
「……そんなのもうとっくに好きになってるよ」
「愛してる?」
「……自分でもびっくりするくらい愛してるみたい」
尋人は嬉しそうに微笑む。
「じゃああとは俺の言葉も行動も全て、疑わずに受け入れて。そうすればきっと愛されてるってわかるからさ」
「私は受け入れるだけでいいの?」
「そうだな……あとは我慢しないで、したいこととかして欲しいことをもっと言って。俺はそれが嬉しいし、美琴に愛されてるっていう俺の自信にもなる」
「ただのわがままなのに?」
「俺にしか言わないわがままは特別ってことだろ?」
美琴は尋人に軽くキスをした。自分からするなんて初めてだったが、彼が愛おしくてたまらない。
「美琴?」
「尋人といるとおかしくなっちゃう……」
「今日は俺が襲われちゃう感じ?」
「だってわがまま言っていいんでしょ?」
尋人は何故か嬉しそうにニヤニヤしながら、片手でリモコンを操作してテレビのスイッチを消した。