忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
 アメリカでも尋人らしい仕事ぶりが評価された。支部の社長を任されている兄と共に、かなりの実績を残していた頃、父親から帰国の要請があった。

 尋人は相変わらず仕事の鬼だし、父の言うことは絶対だった。

 ちなみにアメリカでの尋人は仕事ばかりで、ちょこちょこそういう誘いはあったみたいだけど、特定の彼女は作らなかった。

 興味がないのか、忙しいからか、あの子を引きずっているのか。俺にはわからなかった。でももう過去のことだし、吹っ切れたのかなと勝手に思っていた。

 帰国して若き専務となり、ますます忙しそうだった。

 一度社長から呼び出されて、尋人の女性関係について聞かれたけど、「何もありません」と答えるしかなかった。だって事実だし。

 あの日もいつも通りの金曜日だった。週末ということもあり、月曜日までに終わらせなければならない書類の確認がたくさん残っていた。

 だがそれは突然だった訪れた。尋人のスマホが鳴り、いつも通り受ける。しかしすぐに尋人の顔色が変わり、落ち着きがなくなる。

「わかりました。ありがとう」

 尋人はスマホを下ろすと、片手で口を覆う。驚きと喜びと困惑とが入り混じったような、読み取りづらい表情をしている。

「尋人?」
「尚政、ごめん、俺行かないと」
「はっ⁈ まだ終わってないぞ! どうすんだよ」
「埋め合わせはするから。後よろしく」

 尋人は慌てて荷物をまとめると、俺のことなんてすっかり忘れたように部屋を飛び出して行った。

「なんだよ、あれ……って待てよ。俺残業じゃん。絶対に埋め合わせしてもらうからな!」

 文句を言いながらなんとか一人で仕事を終わらせ、椅子に倒れ込んでいた時、今度は俺のスマホが鳴った。

『着信 藤盛さん』

「はいはい、どうかしましたか?」
『尚政さん、とうとう三年前の彼女が現れましたよ』
「三年前? なんでしたっけ?」
『尋人さんが恋煩いしていた女性です。先ほど彼女を連れて店を出て行きました』

 そこでやっと思い出した。

「さっき尋人に電話しました?」
『はい。すぐに来ましたよ』

 なんだ、やっぱりずっと引きずってたんじゃないか。何の話題も出さないからとっくに終わったものだと思ってたのに、ここに来てどんでん返しか。

 これは社長に報告しないとな。

「彼女どうでした? 尋人のこと覚えてました?」
『もちろん。どうなるか楽しみですね』
「ははっ。藤盛さんもいい性格してるなぁ」

 スマホを切り、窓から外を見る。全くの偶然だが、尋人が女性の手を引いて駐車場に入って行くのが見えた。

 月曜日、尋人は相変わらずだったが、どこか嬉しそうだった。

* * * *

「専務、先程こんなものが届きましたよ」

 封筒には探偵事務所の文字が入っている。

「あぁ、ありがとう」
「なんか変なこと企んでます?」
「俺って信用ないんだな。変なことなんてないよ。まぁ言うなら彼女を守るための道具みたいなものかな」
「すっかり骨抜きにされちゃってますね。鬼の津山が泣いてますよ」
「女のために力を尽くす俺もなかなかいいと思うけどな」

 尋人は封筒の中身を確認すると、次第に表情が険しくなる。

「専務?」

 尋人は封筒を鍵のかかる引き出しに入れてロックした。

「あいつ、絶対に許さないからな……」

 あらあら、火がついた尋人を鎮火する術なんで、丸腰の俺は持ち合わせていないぞ。

 誰か知らないが、これは覚悟した方がいいな。

 ようやく俺が憧れてた津山尋人が戻ってきたんだから。
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