忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
 宿に到着したのは美琴の予定通り、夕方だった。

 尋人が予約した部屋は、広めの和室に専用の露天風呂がついているものだった。しかし美琴はこんなに豪華な部屋に泊まったことがなかったので、窓からの景色を眺めながら固まってしまう。

「みーこーと」

 尋人に後ろから抱きつかれ、危うくバランスを崩しそうになる。

「この部屋、めちゃくちゃ高そう……」
「まぁ一ヵ月記念ですから」

 尋人は美琴の顔を引き寄せキスをする。

「やっと触れる。人がいるからずっとお預けくらって、かなりムラムラしてるんだけど……とりあえず風呂入って一回しない?」

 尋人の手が、美琴のサマーニットの裾から入り込み、ゆっくり上に上がってくる。

 美琴は返事の代わりに、尋人の手を胸元に誘導した。

* * * *

 露天風呂と尋人の熱に浮かされ、美琴は浴衣のまま畳の上に寝転がっていた。

 いい匂い……最近嗅ぐことのなくなっていたい草の香りに癒される。

 ドアの開く音がして、ペットボトルを二本持った尋人が帰ってきた。

「はい、お茶。大丈夫か? って俺が無理させたからか〜」

 美琴に冷たいお茶を渡しながらケラケラ笑っている。

 美琴はゆっくりと体を起こし、ペットボトルのお茶を口に含む。火照った体に冷たさが染み渡る。

 まだ一日が終わったわけじゃないけど、なんて充実した時間なんだろう。

 尋人は美琴のそばに腰を下ろし、一口お茶を飲み、キャップをしめた。

「尋人……今日はありがとう。すごく楽しい」
「まだ半分も終わってないけど」
「ってことは、まだ半分以上あるんだね〜。そう考えたらまたワクワクしてきた!」
「夜も長いし?」
「う〜ん……そっちは体が持つかなぁ……」

 二人は笑い合う。

 美琴は尋人の隣に移動すると、彼にそっと寄り掛かる。

「暑くない?」
「ん……平気」

 浴衣越しに、彼の心音と温もりが伝わってくる。

「すごいな、三年分の募った想いが今溢れちゃってる感じがする」
「うん……濃厚な一ヵ月だったよな」

 頭の中で三年前の光景が思い出される。

 尋人に声をかけられ、最初は警戒してたのに、いつの間にか彼が気になって、一夜を共にしてしまった。

 割り切ったつもりなのに、尋人への想いを三年間も引きずるとは思わなかった。

 再会してからは私の状況を理解した上で、これ以上ないほど愛情を注いでくれている。

「三年前にね、尋人が私に『お前の初めて、全部俺で埋め尽くしてやる』って言ったの、覚えてる?」
「……覚えてない。そんなクサイこと言った?」

 尋人が恥ずかしそうに手で顔を隠す。

 その手を掴むと、美琴は自分の頬に当てる。

「キスもセックスも朝帰りも……全部尋人が初めてだったけど、それだけじゃないの」

 真剣な顔で美琴の言葉に聞き入っている。

「私の作ったご飯を一緒に食べたり、買い物デートをしたり、朝まで同じ布団で寝たり、二人きりで旅行に行ったり。私にとって全部初めてのことで、全部尋人が経験させてくれた」

 尋人は愛しそうに、美琴の頬に、額に、瞳に口づける。

「普通に考えたら当たり前のことなんだけど、その当たり前がこんなに嬉しくて幸せなことなんだって、尋人が私に教えてくれたんだよ」
「……それは俺も同じだよ。美琴に出会えて初めて愛しいって思えたし、愛されたいって思ったんだ。大事にしたくてバカなこともしちゃったけどさ、美琴のことを守りたいんだ」

 そして尋人は美琴のことを力強く抱きしめた。

「俺、美琴があの男とのことにきちんとケリをつけたがっていることを知ってるのに、自然消滅を狙ったりしてさ。美琴を信じていないわけじゃないんだ。ただ美琴が傷つくんじゃないかって怖かったんだ」
「うん……」
「でもこの間のことがあって、ちゃんと終わらせないといけないってわかった。じゃないと美琴のことだから、スッキリした気持ちで付き合えないだろ?」

 ちゃんと私の気持ちをわかってくれてるんだ……。それだけで、大事にされてるってわかる。

「俺も調べてみたんだけど、あの男、ちょっと厄介なんだよな」
「厄介?」
「そう。でも今証拠は集めてるし……」

 尋人が難しい表情をしていたので美琴は心配になった。それに気付き、尋人は優しく微笑む。

「大丈夫だよ。ただ、今度あの男を呼び出して決着をつける。ちゃんと終わらせよう」

 美琴は不安になったが、尋人を信じるだけだった。
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