忘却不能な恋煩い〜再会した彼は、恋焦がれた彼女を溺愛する〜
調査報告書
ようやく山脇とのことを終わらせ、美琴は晴れやかな朝を迎えていた。
問題はないだろうということで、久しぶりに電車で出勤する。尋人は送ると言ったが、毎日そうだとつい甘えてしまいそうなので、ここは頑なにお断りをした。
ただいつもと違うのは、左手の薬指に着けた指輪のこと。どうしようか悩んだけど、あまりにも嬉しくて着けていくことを決めた。
左手の薬指の慣れない感触が少しくすぐったい。でもあの瞬間を思い出すと、つい顔の筋肉が綻んでしまう。
怒涛の二ヶ月弱だったけど、今はこんなにも幸せに包まれてる。
* * * *
最近は更衣室に入っても、夏実の姿はない。タイムカードを見る限り来ていることは確かなのだが、始業時間までどこにいるのかはわからなかった。
私との会話を避けているような感じ。
この指輪をしてたら嫌味に感じるかなぁ。そんなふうに考える自分も既に嫌味なのではないかと不安になる。
会計カウンターへ行くと、夏実は座って始業の準備をしていた。
「おはよう」
「あっ、おはよう」
当たり障りのない会話。プライベートなことは話してこなかったけど、前みたいに話せないことが苦しかった。
「あれっ、美琴、その指輪……」
「えっ、あっ、彼にプロポーズされたんだ」
「そうなんだ……おめでとう」
夏実は明らかに笑っていなかった。
いつになったら前みたいに普通に話せるようになるんだろう……。
「夏実、今日のお昼は食堂に行く?」
「ごめんね、今日もお弁当なんだ」
「そっか……わかった」
夏実はここのところずっとお弁当で、二人で社食に行ったのもずいぶん前のことだった。
夏実が放っておいてほしいと言ったからそのままにしてしまったが、一向に話してくれる気配がない。ということは、かなり深刻な状況なのかもしれない。もしかして私と同じ不倫ということも考えられる。
夏実は誰かに相談できているのだろうか。
山脇との不倫に悩んでいた時、私は誰にも相談出来なくて辛かった。それが限界に来た時に紗世に思い切って話したのだ。それでも気持ちは晴れなくて、突然現れた尋人の存在によって前向きになれた。
もしかしたら私じゃ役不足かもしれない。聞いたところで夏実の力にはなれないかもしれないが、味方がいると思うだけでも、少し元気にしてなれないだろうか。
断られるのを覚悟で、聞いてみようか。ただのお節介かもしれないが、これ以上放っておけない。
* * * *
「夏実! 待って!」
帰りがけ、病院を出たところで美琴は夏実を呼び止めた。更衣室で声をかけようと思っていたのに、美琴が着替え終わるより前に出ていってしまったのだ。
「どうしたの?」
「あっ、良かったら今日どこかで飲んで帰らない? 最近あまり話せてないし」
「私自転車だから無理」
夏実は駐輪場を指さす。
「じゃあご飯は? 食べていこうよ!」
しかし夏実の美琴を見る目はどこか冷たい。
「美琴さ、私前に放っておいてって言ったよね」
「うん……でもあれからだいぶ経つし、夏実まだ元気がない気がしたから……」
「あのさ、自分は幸せでウキウキなんだろうけど、私からすれば迷惑。余計なお世話だよ」
何も言えなかった。想像していた言葉だったけど、面と向かって言われると辛い。
「じゃあお疲れ様」
「うん……」
心配なだけなんだけどな……それぞれの状況が違うんだから、捉え方が様々なのは仕方がない。きっと平和ボケの戯言なんだろう。それでも同期で仲良くしてきた夏実に突き放されたのは心が痛む。
駐輪場に向かう夏実の背中を見送ったまま立ち尽くしていると、美琴のスマホが鳴った。
『一緒に帰ろう』
尋人からのメッセージが美琴の心を溶かす。
大通りを見ると、尋人の車が止まっていた。美琴は足早に近寄り、助手席に乗り込む。
「来てくれたんだ。ありがとう」
落ち込んだ顔を見せたくなくてつい下を向く。
「なんか揉めてたみたいだけど、どうかしたのか?」
「あぁ、うん……。今の子ね、同期の友達なんだけど、一ヶ月くらい前から彼と上手くいってないみたいで。ずっと元気がないから話かけたんだけど、案の定拒否されちゃった」
美琴は薬指に光る指輪を触る。夏実を傷付けてしまっただろうか。
「私だって自分が辛い時に、幸せそうな人に話しかけられたら突き放すと思うもの」
「そっか。美琴は今すごく幸せだということだ」
「……そこ?」
「美琴が幸せだと俺も幸せだなぁと思って。まぁそれは置いておいて、今の子の名前って?」
「えっ……林田夏実だけど……」
その名前を聞いて尋人は顎に手を当てて何か考え事をする。
「美琴、一度会社に戻っていいか?」
「じゃあ私は先に帰ってる?」
「いや、美琴にも一緒に来てほしい」
「……わかった」
尋人の会社には行ったことがなかったので、美琴も一緒にということは何かあるに違いない。
尋人は車を走らせた。
問題はないだろうということで、久しぶりに電車で出勤する。尋人は送ると言ったが、毎日そうだとつい甘えてしまいそうなので、ここは頑なにお断りをした。
ただいつもと違うのは、左手の薬指に着けた指輪のこと。どうしようか悩んだけど、あまりにも嬉しくて着けていくことを決めた。
左手の薬指の慣れない感触が少しくすぐったい。でもあの瞬間を思い出すと、つい顔の筋肉が綻んでしまう。
怒涛の二ヶ月弱だったけど、今はこんなにも幸せに包まれてる。
* * * *
最近は更衣室に入っても、夏実の姿はない。タイムカードを見る限り来ていることは確かなのだが、始業時間までどこにいるのかはわからなかった。
私との会話を避けているような感じ。
この指輪をしてたら嫌味に感じるかなぁ。そんなふうに考える自分も既に嫌味なのではないかと不安になる。
会計カウンターへ行くと、夏実は座って始業の準備をしていた。
「おはよう」
「あっ、おはよう」
当たり障りのない会話。プライベートなことは話してこなかったけど、前みたいに話せないことが苦しかった。
「あれっ、美琴、その指輪……」
「えっ、あっ、彼にプロポーズされたんだ」
「そうなんだ……おめでとう」
夏実は明らかに笑っていなかった。
いつになったら前みたいに普通に話せるようになるんだろう……。
「夏実、今日のお昼は食堂に行く?」
「ごめんね、今日もお弁当なんだ」
「そっか……わかった」
夏実はここのところずっとお弁当で、二人で社食に行ったのもずいぶん前のことだった。
夏実が放っておいてほしいと言ったからそのままにしてしまったが、一向に話してくれる気配がない。ということは、かなり深刻な状況なのかもしれない。もしかして私と同じ不倫ということも考えられる。
夏実は誰かに相談できているのだろうか。
山脇との不倫に悩んでいた時、私は誰にも相談出来なくて辛かった。それが限界に来た時に紗世に思い切って話したのだ。それでも気持ちは晴れなくて、突然現れた尋人の存在によって前向きになれた。
もしかしたら私じゃ役不足かもしれない。聞いたところで夏実の力にはなれないかもしれないが、味方がいると思うだけでも、少し元気にしてなれないだろうか。
断られるのを覚悟で、聞いてみようか。ただのお節介かもしれないが、これ以上放っておけない。
* * * *
「夏実! 待って!」
帰りがけ、病院を出たところで美琴は夏実を呼び止めた。更衣室で声をかけようと思っていたのに、美琴が着替え終わるより前に出ていってしまったのだ。
「どうしたの?」
「あっ、良かったら今日どこかで飲んで帰らない? 最近あまり話せてないし」
「私自転車だから無理」
夏実は駐輪場を指さす。
「じゃあご飯は? 食べていこうよ!」
しかし夏実の美琴を見る目はどこか冷たい。
「美琴さ、私前に放っておいてって言ったよね」
「うん……でもあれからだいぶ経つし、夏実まだ元気がない気がしたから……」
「あのさ、自分は幸せでウキウキなんだろうけど、私からすれば迷惑。余計なお世話だよ」
何も言えなかった。想像していた言葉だったけど、面と向かって言われると辛い。
「じゃあお疲れ様」
「うん……」
心配なだけなんだけどな……それぞれの状況が違うんだから、捉え方が様々なのは仕方がない。きっと平和ボケの戯言なんだろう。それでも同期で仲良くしてきた夏実に突き放されたのは心が痛む。
駐輪場に向かう夏実の背中を見送ったまま立ち尽くしていると、美琴のスマホが鳴った。
『一緒に帰ろう』
尋人からのメッセージが美琴の心を溶かす。
大通りを見ると、尋人の車が止まっていた。美琴は足早に近寄り、助手席に乗り込む。
「来てくれたんだ。ありがとう」
落ち込んだ顔を見せたくなくてつい下を向く。
「なんか揉めてたみたいだけど、どうかしたのか?」
「あぁ、うん……。今の子ね、同期の友達なんだけど、一ヶ月くらい前から彼と上手くいってないみたいで。ずっと元気がないから話かけたんだけど、案の定拒否されちゃった」
美琴は薬指に光る指輪を触る。夏実を傷付けてしまっただろうか。
「私だって自分が辛い時に、幸せそうな人に話しかけられたら突き放すと思うもの」
「そっか。美琴は今すごく幸せだということだ」
「……そこ?」
「美琴が幸せだと俺も幸せだなぁと思って。まぁそれは置いておいて、今の子の名前って?」
「えっ……林田夏実だけど……」
その名前を聞いて尋人は顎に手を当てて何か考え事をする。
「美琴、一度会社に戻っていいか?」
「じゃあ私は先に帰ってる?」
「いや、美琴にも一緒に来てほしい」
「……わかった」
尋人の会社には行ったことがなかったので、美琴も一緒にということは何かあるに違いない。
尋人は車を走らせた。